9月火曜日15
2026年9月15日(火) 人生・幸せ
自分だけの喜びは、幸せではない?
自分だけの喜びは、幸せではない?
私たち誰もが、「幸せに生きたい」「幸せになりたい」と、考え、思っているのではないでしょうか?
では、「あなたの幸せとは、どんなことですか?」
自分の好きなことをする?自分の夢を叶えること?で、お金を稼ぎ、大きな家に住み贅沢をすること?社会的な地位を得て有名になること?など、色々な夢を思い描いているのではないでしょうか?
しかし、それは他人は差し置いて、全て自分だけが考える、自分だけの「喜び」ではないでしょうか?
そこで、もう一度「諸法の原理・原則」を、読み直しをしてみませんか?
何が書かれているのか?心で感じながら読んでみませんか?
私たち一人ひとりが、どの様に生きなければならないのか?の「教え」が書かれてあり、何をしていくか?何をすべきか?が説かれています。
自分の心、行動、発言を、原理原則に当てはめてみると見えてくるものが有る。
そこには、過去から未来への物事の動きの状態、物事が常にあるべき姿、物事の関連性、物事が必然的に収まっていく状態等、永遠不変の世の仕組みや動きが説かれています。
それを、自分の慾や望み、喜びに照らし合わせた時、その慾や望み、喜びは非常に視野の狭い、近視眼的で些細なもので、もっと宇宙レベルの深く広く、社会全体の観点での慾や望み喜びであるべきだという点に気付かされる。
そして、法則、原理原則というものは、法則を学び、学んだ者がどのようにするかの判断、決定は各自に任せておられるのです。
もちろん任せられているのだから、間違うこともあり、その時は大自然からの「知らせ(合図)」があり、大自然から与えられた(観応)「ご神示」でお伺いして修正していくのではないでしょうか?
個人の独善的な喜びでは、動物が餌にありついた時の喜びに等しいのではないか?
我々は、マリンパークで見るイルカのジャンプとは違い、今の餌だけを求めて生きるのではない。
原理原則の学びの中で、自分が持たされる、感じさせられる「心の喜び」が、本当の幸せになるのではないでしょうか?
私たちの「喜び」とは、自分個人の満足が「喜び」ではないのです。
自分を取り巻く家族、職場の人たち、学校の仲間、周りにいる人たちが「喜」のなることをさせて頂くことが喜びであり、「心の幸せ」になるのではないでしょうか?