9月木曜日17
2026年9月17日(木) 知らせ・さとり
「善」とは?
「善」とは?
私たち誰も、毎日の暮らしの中で、仕事も人間関係も健康も、なにもかも全てが上手くいく、そして何も悩みがないという人は居ないのではないでしょうか?
もし「私は、全て上手く出来ています」と言う人が居たのなら、その人は我儘で、思い通りに周りを動かし、自分のことだけを考えて生きている、生きてきたのではないでしょうか?
また例え今、そうであっても、それがいつまでも続くのは難しくなり、やがて沢山の人から嫌われ、それに気付いた時は遅く、あなたの周りにいた人たちは去って、一人寂しい思いをするのではないでしょうか?
何故なら、私達が生かされている「大自然の法則」の「能き」は、そのように一個人の我が儘、気まま、慾のために能いてはいないからです。
独断専行、自由気ままには必ず障害、躓(つまず)きがある様になっている。
そんな問題を抱えているあなたは、親(義理)、夫や妻、子供、そして兄弟、姉妹などと、法則の教えを中心にして繋がりを持ち、和合が出来るように「大自然」にお尋ねしながら、有効な働きをさせて頂いているでしょうか?
もし、貧、病、争の問題を抱え苦しんでいるのなら、基本から考え直すべきです。
その基本とは、自分の足元の事、自分という人間の始まりの事です。
私たちがこの世に誕生できたのは祖父母、父母との繫がりが続いて来たからで、先ずは、誕生させて頂き、成長させて頂いたことに対して、決められた約束がある。
それは家という存在、その先祖、父母、兄弟、姉妹へ恩がある事を知り感謝する事。さらに恩を、必ず返すことである。
この約束を守り、約束通り実行しないと、「大自然」は許されない。
その約束が「大自然の法則(教典)」には、沢山解かれているのである。
その解かれた法則を、一つ一つ学び、各自が自分の立場、環境でどのように捉え、考え、どのように実行するか?が大切である。
「上手くいかない」「苦」や「難」が次から次へと起こる、なぜならそれは心を磨いていくための学修である。
そして、心を磨くための学びは、和衆で学ばなくてはならない、他人を参考にしながら学び、心を磨いていかなくてはならないのである。
和衆は同じような心、因縁の人の集まりである。だから、互いの体験、「心」の失敗が参考になるのである。
大自然は言う、「上手くいかない」ことが起こる、それは「心」の知らせ(合図)であり、その意味を解きながら、法座で大自然に問いながら「ご神示」でどこまでも、どこまでもやっていくことが、「善」に繋がっていくのである。
あなたは、「善」の心に向かって運命を切り開くことが出来ますか?