9月土曜日26
2026年9月26日(土) 学び・実践
出遭う、それは「縁」!
出遭う、それは「縁」!
「形而上学の学び(大自然の法則)」と遭う、それも今「当来佛」が出現され、伝え残された「学問」に遭遇することは、奇跡の上のさらなる奇跡ではないでしょうか?
日本に生まれたこと、この時期に、健康で生活できていること、人を通じて教えの話が聞けたこと、すべて縁で、良い先祖のお陰で、良い繋がりを持っていることの宿縁である。
また出遭ってからでも教えを理解し、芯を掴み、自分のものにするのは大変に難しいことです。いろいろな障害に出会わされる。(難入難解)
けれど、優しく説かれており誰にでも理解でき、吸収できる内容ですから、素直に「信の心」を向けることが出来たなら、案外、簡単なことではないでしょうか?(自我、慾を捨て、信じてついていく気持ちがあれば)
今の世の中の流れは速い、価値観も次々変化する。
その中で周囲に流されず、唯々、家族と笑って暮らしたい、職場の人たちと協力して頑張っていきたい、学校の仲間と仲良くやっていきたい、周りにいる人たちと繋がり良い街づくりしたい等、「喜び」を求めていく、それが人として「生きる」ということではないでしょうか?
「かつては、そのような道具や機械、金銭にとらわれない、人間としての喜びを追求する時代があった。(縄文時代)」(当来佛)
またそうするためには、都合の善いことや悪いことなど、色々な事が起こるけれど、大自然を信じ、法則に畏敬の念を持ち、「学びの精神」を持ち続け、「絵姿」「ご神示」を信じていくことが出来たなら、それも叶うのではないでしょうか?
そんな、未来を目指すには、まず縁のある私たちが、もっと深く、強く「学ばなくてはらない!」そして、大自然のことをもっと知らなくてならないのではないでしょうか?
大自然は言う、教えに出遭ったことを大切にするか?それとも、離れていくか?それも、運命の分かれ道である。
「縁なき衆生は、度し難し」で、救われることは、永遠にできないということだ。
*(度し難いー穢土から浄土へ渡してやることができない。つまり救ってやることができない)