実践書序

実践書

序章 本書の立場 ── 在るものは在る

教本の対応: 教本『大自然の法則と人間の使命』序章「本書の立場──在るものは在る」

この学びは、神佛(大自然)が在るかどうかを論じることから始めず、「在る」ところから出発して、どう能いておられるか、どう活かすかを問う。序章は、この立場を原典で確かめ、自分は何を問わずに何を問うのか、論議のために聞いていないか、体験を後回しにしていないかを、実践の出発点として見直すための章である。

凡例: 【原典】=原文のまま・出典つき/【説法】=説法の日付と題つき/【言及】=説法と原典の関係(● 語が一致 ○ 内容が近い ◇ 説法のみの言い方 ◆ 使い方が違う)/【実践】=日々の気配りと実践(案)/【私の体験】=書き手が書く

節005 在るものは在る ── 問いを立てる学と、問いの先から始める学

教本の対応: 序章「問いを立てる学と、問いの先から始める学」「在るものは在る」

【原典】「あんたがどう否定しても、在るものは在るのだ。黙って聞け」

── 『証言録』十五「長い道草をして」「実在の実在」(当来佛)

【原典】「反発しても否定しても絶対に適わない、無視できない(勝てっこない)存在。空気や重力や電波と同じように在る物は在り、避けることは出来ない。」

── 『形而上学のすすめ(一)』第二部 第五章「神対人」二「神への認識は?」

【原典】「神佛の作用が無かったら、われわれはこのように存在していない。だから、知らないと損をする存在。」

── 『形而上学のすすめ(一)』第二部 第五章「神対人」二「神への認識は?」

【説法 2026/9/20「実在する」と心にありますか?】この学びは、「大自然が実在する」ことを知り、体験し、信じることから始まり、さらに「大自然の教え」を知って、「教えに副う生き方」を実行(実践)してゆこうと考える。

【言及】● 「実在」は原典の語(母数の原典25本中19本に127件)。説法は、この学びは「大自然が実在する」ことを知り、体験し、信じることから始まる、と言う。原典の「在るものは在る」は、説法337本に見つからない。

【説法 2026/7/15「大自然」は実在する】過、現、未と「大自然」が実在するから、実在する。

【言及】○ 原典「在るものは在る」と近い言い回し(「在る」の語は一致せず、「実在」で一致)。説法は、「大自然」が実在するから実在する、と言う。

【気を配る】神佛(大自然)が在るかどうかの論議に、時間を使っていないか。空気や重力と同じに、否定しても在るものは在る、と置いて、その先の「どう能いておられるか、どう活かすか」を問う。
【実践】今日、「大自然の存在を疑う」議論や心の中の理屈が出たら、そこで止めて、一つ実践(気づいたことの実行)に移る。

【私の体験】

手がかりの問い: 「神佛は在るのか」と考えた(または人に問われた)経験を一つ書く。その時、自分はどう受け止めたか。

【書いた体験】

2年前にある女性が当来佛だと言い始めた。初めは私はそんな馬鹿なと考えた。

しかし、先生は間違いないという。それでも納得がいかなかった。しかし、私たちは、今まで正教の条件や正法の三具などの正邪を見分ける方法を学んで来ているではないか。ということは、その方が当来佛かどうかはさほど重要ではなく、私たちがこれまでの学びを生かして、個々人が神と繋がり、神を体験し、神を確信していくための修道を行わされていると捉えるべきだと考えました。

そうして照らし合わせていきますと、納得のいくことも多く、今では私の中には、疑問や迷いはないのです。

また、原理原則の三身の法則というものがあるが、先生は今の当来佛を直説身と呼んでいます。

しかし、それは学問上の話で合って、後の研究の為には書き記すが、そんな分析が出来ても、信仰にはつながらない。自らの確信が一番なのである。

節006 論議のために聞くな ── 教えの受持のために聞く

教本の対応: 序章「論議のために聞くな」

【原典】「5.論議のために聞かず、教えの受持のために聞け」

── 『心掛け』第四部 実践「聞く側 聞法の戒」(当来佛・聞法十戒より)

【説法 2026/9/18「大自然が存在する」と、認めていますか?】その上、法を見ずに、「大自然」を見ずに、人を見る。

【言及】○ 原典「論議のために聞かず、教えの受持のために聞け」と近い(「論議」「議論」の語は説法337本に0件)。説法は、法を見ずに人を見て、学ぶかどうか左右され気持ちが揺れ動く、と言う。

【気を配る】学んだ内容を、自分を変える材料としているか、人を負かす材料としているか。人の好き嫌いで、聞く気持ちが左右されていないか。
【実践】説法・勉強会を聞いたあと、「自分は何を変えるか」を一つだけ書く。

【私の体験】

手がかりの問い: 聞いた話を、自分を変えるために受けた日と、反論や批評のために聞いてしまった日を、一つずつ書く。

【書いた体験】

法座で、せっかく後進の者が頑張って初心者に向かって説明しているのに、ダメ出しをしてしまい、先生とともに批判してしまいました。

本来なら、そうではなく、正しくはこうですよ、と導くのがあたりまえではないかと反省しています。

それを己の姿として受け止められず、自己の面子やプライドが出てしまうという失態です。

だから、まずは相手をねぎらう、相手の努力を認める、そして良い点をあげて心から称賛する。ということを今後実行していく

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絵姿を頂いたとき、当来佛から、自分では気づかなくても、いつもムッとしていると言われたので、そうなのだろうと思い、自分では笑顔でいたいのにそうできないのはなぜか?を現在自分のテーマとしている。

節007 空理空論ではない ── だから「実践哲学」と命名された

教本の対応: 序章「空理空論ではない──だから「実践哲学」と命名された」

【原典】「この形而上学も同様で、従来の哲学のように学者同士の机上の空論では全く役に立たない。」

── 『実践』「はじめに」

【原典】「当来佛は、この形而上学を「実践哲学」と命名され、実際に実行し生活に役に立つ、すると生活が改善され、生き甲斐を持てる学問ということを強調された。」

── 『実践』「はじめに」

【原典】「信仰(宗教)は、空理空論ではない。人々の日々、刻々の生活、運命に関わる重大な学問、知識、観応である。」

── 『ご神示』第二部 第二章「頭の切り替え」④「信仰は気休めだ」

【説法 2026/9/20「実在する」と心にありますか?】そして目前の苦の原因を知り、心の問題を解決する。

【言及】○ 原典「実際に実行し生活に役に立つ…生活が改善され」と近い。説法は、「教えに副う生き方」を実践し、目前の苦の原因を知り心の問題を解決する、と言う。「実践哲学」の語は、説法337本に0件(原典には27件)。

【気を配る】学んだことが、今日の生活の役に立っているか。立っていないなら、実行していないのか、実行の仕方が違うのか。
【実践】学んだことを一つ、今日の生活で実際に実行し、生活がどう変わったかを一行書く。

【私の体験】

手がかりの問い: 学びが机上の空論になっていると感じた経験は何か。実際に生活で使えた学びは何か。

【書いた体験】

勉強会では、やはり自分のものさしがなければ正しい判断もできないのではないか、行動指針たる基本原則なる自分のものさしがほしいという声があった。しかしそんな行動指針が個々人に与えられるものなのか

今までは、自分の物差しで生きて来た。しかしそれは人知といわれ、視野の狭い生き方であった。それに対し、形而上学では、その考え方は否定はしないが、法に照らし、常識に照らし、ご神示をいただき、四適に叶うなら、その判断は正しい。という条件付きのものさしとなった。これまでのものさしを学びの始まりとしなければ、混乱し、迷ってしまうだろう。

節008 電気を証明してから使う者はいない ── 先に使用、理解は後から

教本の対応: 序章「電気を、証明してから使う者はいない」

【原典】「未開人が、電気電波の存在を知らず、コンピュータも携帯電話も利用しないで生活するように、これまでは神佛の存在、実体、利用の仕方も全く知られていない。」

── 『ご神示』第二部 第二章「頭の切り替え」③「宗教、信仰の誤解」

【原典】「神佛とは、未知のエネルギーの一つで、まだまだ未発見、未利用のエネルギーが存在する。それらを利用すれば、無用な苦は無くなり、研究開発等、生活の効率(有効度)を上げることができる。」

── 『ご神示』同上

【原典】「初めに信じないと、応えてもらえず、反応が無く、分からない存在。」

── 『形而上学のすすめ(一)』第二部 第五章「神対人」二「神への認識は?」②

【原典】「自分で体験しないと、絶対に理解できない存在。」

── 『形而上学のすすめ(一)』第二部 第五章「神対人」二「神への認識は?」③

【説法 2026/9/21教えには、人と人の繋がりが必要!】「読書百回、意自ずから通ずる」「行間を読む」というが、体験をしないと本当の意味に触れることは難しい。

【言及】○ 原典「自分で体験しないと、絶対に理解できない存在」と近い(「体験」の語が一致)。説法は、教典を読むだけでは「言外の意」が会得できず、体験をしないと本当の意味に触れることは難しい、と言う。

【気を配る】理解してから実行しよう、と待っていないか。先に使い(実行し)、理解は後から追いつく。
【実践】分からないまま、まず一つ実行してみる。そのあとで、何が分かったかを書く。

【私の体験】

手がかりの問い: 理解する前に実行して、あとから分かったことは何か。

【書いた体験】

私も神の存在は否定はしないが、実感として感じたことはなく、神を掴むという言葉の意味は理解しがたかった。

キリスト教、仏教、新興宗教、スピリチャル、様々な世界を垣間見てきたが、同様でした。

しかし、この形而上学では体系化された法理があり、私のような頭でっかちには、非常に都合が良かった。理屈で理解できたのです。

そしてその理論を証明すべく日常があるという、日常が実験場になるという、理数系の私にはとてもワクワクする学問でした。

なので、私の場合は後から信仰がついてきたというべきでしょうか。

節009 形而上学・宗教・哲学は同じものの別名 ── 科学とは対(つい)

教本の対応: 序章「形而上学・宗教・哲学は、同じものの別名である」

【原典】「形而上学は、即ち宗教だ。また形而上学、宗教、哲学は同意語で、これらは大自然の法則を説いたものだ。」

── 『形而上学のすすめ(一)』第一部 第五章「形而上学」二「形而上学と宗教」

【原典】「ただし宗教といっても、これまでの宗教団体で行われている、拝む、頼む、参るといった、行事、行作、行法を主体とした内容ではない。」

── 『形而上学のすすめ(一)』第一部 第五章「形而上学」二「形而上学と宗教」

【原典】「真の形而上学、真の宗教は、学問で、学び、思惟、錬磨しなくてはならない。」

── 『形而上学のすすめ(一)』第一部 第五章「形而上学」二「形而上学と宗教」

【原典】「形而上学とは、物理や化学と同様、学問である。」

── 『形而上学のすすめ(二)』第三部「形而上学から見た宗教」

【原典】「形而上学も見えない世界の仕組みを知り、日常生活に活かし、生活を豊かにするのである。」

── 『形而上学のすすめ(二)』第三部「形而上学から見た宗教」

【説法 2026/9/21教えには、人と人の繋がりが必要!】その持たされた「目に見えない」気持ちを、何故なのか?何の意味がるのか?どうすべきか?を考える、法則に照らして解いていくことが形而上学であり、「大自然の法則」の学びなのです。

【言及】○ 原典「形而上学も見えない世界の仕組みを知り、日常生活に活かし」と近い(「形而上学」の語が一致)。説法は、出来事で持たされた「目に見えない」気持ちを、法則に照らして解いていくことが形而上学であり「大自然の法則」の学びだ、と言う。

【気を配る】「宗教」を、拝む・頼む・参る、の行事のことだと思って、この学びを遠ざけていないか。ここでの宗教は、学び、思惟、錬磨する学問である。
【実践】今日起きた嫌な気持ちを、「なぜ起きたか」を法則に照らして一行考える(結論は急がず、考えた跡を書く)。

【私の体験】

手がかりの問い: 「宗教」「形而上学」という語に、どんな印象を持っていたか。学ぶうちに、それは変わったか。

【書いた体験】

「宗教」「形而上学」ですが、形而上学は古来の形而上学のイメージで、神の存在を探求するイメージです。宗教ですが、私は子供のころからキリスト教の習慣があったので、宗教にはあまり悪いイメージはありませんでした。

学ぶうちに変わったのは、形而上学は、神を探求するのではなく、神を確信するための学問だと知りました。また宗教というにはあまりに論理的で、学問に等しい内容でした。

節010 基礎であり、同時に、形而下の上に成り立つ

教本の対応: 序章「基礎であり、同時に、形而下の上に成り立つ」・「本書の立場」

【原典】「宗教とは、あらゆる学問の基礎学問で、形而上と、形而下を加味し上手く配合しながら学ぶべきものである。」

── 『実践』第一部「形而上学と宗教」

【原典】「ただし形而上学は、形而上だけの一方的な理解では成立しない。形而下の学問や形而下の法律、常識、習慣の上に成り立つのが形而上学だ。」

── 『形而上学のすすめ(一)』第一部 第五章「形而上学」四「形而上、形而下の両立」

【原典】「形而下を無視しては、形而上学は常識をはずれたものになってしまう」

── 『形而上学のすすめ(一)』同上

【原典】「実践し、体験により体得するしかない。」

── 『形而上学のすすめ(一)』同上

【気を配る】見えない世界の話をするからといって、法律・常識・習慣を無視していないか。形而上と形而下の加味配合(バランス)を、数字ではなく、実践と体験で体得する。
【実践】迷う場面で、「形而下(法律・常識・習慣・医療)で先にすべきこと」を一つ確かめてから、形而上の見方を加える。体調の不調は、受診を優先する。

【私の体験】

手がかりの問い: 形而上の見方を使った日に、形而下で先にしたことは何か。両方を合わせて判断できた経験を書く。

【書いた体験】

まずは絵姿をいただきました。そして、家族、争いをやめることに、まずは心血を注ぎました。

2026.10.4 草津法座 勉強会での絵姿

質問は肺気腫・心臓病で呼吸が苦しく体調不良。

絵姿:本人は、①方向でシコリを吐き出すこと心から大切に

   本人は、①方向②方向の男男のお話をよくよく聞かれること心から大切に

   本人は、ここでの勉強を急いで実践されること心から大切に

体験の書き方

体験の書き方(一件ごと): 日付/出来事(評価を入れない)/「神佛は在る」と置いて、どう受け止めたか/論議のためでなく、自分を変えるために聞いたか/実行したこと(形而下を先に)/「私はこのように学びました」の一文。

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