章10

実践書

第十章 人間の存在意義

教本の対応: 教本『大自然の法則と人間の使命』第十章「人間の存在意義」(図21〜図24)

人は、世の中に必要だから生まれさせられ、世の役に立つことが生き甲斐(生かされている価値)になる。第十章は、この存在意義を、価値の条件、人間の尊厳、恩(感謝と報恩)、善悪の規準(四適)の四つで、原典と説法から確かめる章である。「役に立たねばならない」と自分を追い込むためでなく、「必要だから、いま、ここにいる」という足場を持つために置く。

凡例: 【原典】=原文のまま・出典つき/【説法】=説法の日付と題つき/【言及】=説法と原典の関係(● 語が一致 ○ 内容が近い ◇ 説法のみの言い方 ◆ 使い方が違う)/【実践】=日々の気配りと実践(案)/【私の体験】=書き手が書く

節045 なぜ、人は生まれるのか ── 「必要だから」

教本の対応: 第十章「なぜ、人は生まれるのか」・図21

【原典】「「人は何故、生まれてくるのですか?」」

── 『形而上学のすすめ(二)』「形而上学から見た生き甲斐」「必要だから」

【原典】「「必要だから」」

── 『形而上学のすすめ(二)』「形而上学から見た生き甲斐」「必要だから」(当来佛)

【原典】「「どうして生まれるのか?を考えるより、(もう生まれたのだから)いかに生きるかを考えろ」」

── 『形而上学のすすめ(二)』「形而上学から見た生き甲斐」「必要だから」(当来佛)

【原典】「「不要なものは、何一つ無い」」

── 『形而上学のすすめ(二)』「形而上学から見た生き甲斐」「必要だから」(当来佛)

【原典】「われわれ一人ひとりは、「世の中」に必要だから、今の社会に、今の家庭に、今の親に、兄弟親族に必要とされ、生まれてきたのだ。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「形而上学から見た生き甲斐」「必要だから」

【原典】「「必要だから」と、当来佛から言われて安心は出来ない。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「形而上学から見た生き甲斐」「必要だから」

【原典】「価値とは、「効」「用」「能」「要」の程度である。」

── 『諸法の原理原則』第5章「万有、諸行の基準」第二理「価値の条件」93頁

【原典】「また、世の役に立つ度合いで決まるものである。」

── 『諸法の原理原則』第5章「万有、諸行の基準」第二理「価値の条件」93頁

【説法 2026/7/8「人のために生きる?には」】大自然は言う、この世に生(命)を受けたのなら、それはこの世に必要だからで、また必要とされるために、与えられた役目・役割がある。

【言及】● 「必要だから」は原典(『形而上学のすすめ(二)』)の語(説法337本中、「必要とされ・必要だから」5本)。説法は、この世に生(命)を受けたのは、この世に必要だからで、必要とされるために役目・役割が与えられている、と言う。

【説法 2026/7/21「心に、『有難う』がありますか?」】私たちの存在理由、生き甲斐、生かされる価値なのです。

【言及】● 「生き甲斐」は原典の語(説法337本中4本)。説法は、私たちの存在理由、生き甲斐、生かされる価値だ、と言う。

【説法 2026/1/9「学びに、休みはない?」】世の役に立つ、生き甲斐、生かされる価値の発現である。

【言及】● 「価値」「世の役に立つ」は原典(第二理「価値の条件」)の語。説法は、世の役に立つ、生き甲斐、生かされる価値の発現だ、と言う。

【気を配る】「自分は役に立っていない」と責めていないか。原典は、不要なものは何一つなく、必要だから今の家庭・社会に生まれたと言う。ただし「必要だから」と安心せず、「どこを必要とされるか」を見つけていく。
【実践】今日、家族・周りの人に役立つことを一つ(小さくてよい)行い、夜に一行書く。体調が重い日は、「休んで、明日の役に立てる体を保つ」を役目と数える。

【私の体験】

手がかりの問い: 「自分は必要とされている」と感じた(または、感じられなかった)経験は何か。必要とされた場面を一つ書く。

日付:   出来事:

節046 人間の尊厳と、誰もが見ている(四知)

教本の対応: 第十章「なぜ、人は生まれるのか」(四知の則)・「人間の尊厳とは何か」

【原典】「「敬神崇祖の念」を持つ。」

── 『形而上学のすすめ(三)』第二章「子孫へ」「尊厳とは」

【原典】「「感謝報恩の心」を忘れない。」

── 『形而上学のすすめ(三)』第二章「子孫へ」「尊厳とは」

【原典】「「社会公共に奉仕」する。」

── 『形而上学のすすめ(三)』第二章「子孫へ」「尊厳とは」

【原典】「「天知る」「地知る」「他が知る」「我が知る」の四知という法則がある。」

── 『諸法の原理原則』第5章「万有、諸行の基準」第四理「四知の則がある」99〜100頁

【原典】「そして「我が知る」は、何よりも、自分が知っているので、夢に見てうなされる、思わず言わされる、嘘がつけない。」

── 『諸法の原理原則』第5章「万有、諸行の基準」第四理「四知の則がある」99〜100頁

【説法 2026/6/17「苦労して、人の心が分かる?」】その上、天知る、地知る、他が知る、我知る。

【言及】● 「天知る」「地知る」「他が知る」「我知る」は原典(第四理「四知の則」)の語(説法337本中3本)。説法は、「天知る、地知る、他が知る、我知る」と並べる(原典の「我が知る」を、説法は「我知る」と書く)。「敬神崇祖」の語は、説法に0件。

【気を配る】尊厳とは、敬神崇祖・感謝報恩・社会公共への奉仕。人に見られていなくても、自分は知っている(我が知る)。自分を責める材料ではなく、自分を整える物差しとして使う。
【実践】今日、誰も見ていない場面で、尊厳にふさわしい行い(礼拝・ありがとう・片づけ・公共のものを大事に)を一つする。

【私の体験】

手がかりの問い: 見られていなくても、自分が知っている、と感じた経験は何か。

日付:   出来事:

節047 恩に応える ── 四つの感謝(対象)と、四つの恩の行為

教本の対応: 第十章「四恩に感謝する」・図22・図23

【原典】「四恩:神佛(大自然)の恩、先祖(先輩)の恩、物(身体)の恩、社会(環境)の恩」

── 『佛は、かく申された2』「苦の原因とは」(昭和三十七年十二月)

【原典】「恩:神佛、先祖、社会、物の四つに対して、知恩、感恩、報恩、謝恩という恩の行為がある。」

── 『善戒、禁戒』

【原典】「恩とは、因の心。一番根元にかえること。知恩は、有難味を知る。謝恩は、有難味に感謝する。報恩は、恩に対し、態度で示す。報いる。」

── 『實践哲学の学び(形而上学その三)』「恩と知恩、謝恩、報恩」

【原典】「「呆け」の原因は、「亡恩」するから。」

── 『形而上学のすすめ(三)』第二章「子孫へ」「尊厳とは」

【配慮】「呆け」(認知症)は、医療の対象である。この一文を、本人や家族が恩を忘れたから、と決めつける材料にしない。診察・受診・介護など、形而下の手当てを先にする。この一文は、原典のままに置き、ある人の病気の原因を言い当てる文としては使わない。恩を知ることを勧める文脈で読む。

【説法 2026/2/4「恩を、知るとは」】また、「恩(四恩)」を知ることで、運命を変えることができるのではないか?

【言及】● 「四恩」「恩」は原典の語(説法337本中、「四恩」2本・「報恩」6本)。説法は、「恩(四恩)」を知ることで、運命を変えることができるのではないか、と言う。「知恩」「感恩」「謝恩」の語は、説法に0件。原典の言い方は一つでなく(教本の注記)、『佛は、かく申された2』は対象の四つを「四恩」と呼び、『善戒、禁戒』は行為の四つを呼ぶ。

【説法 2026/9/17「善」とは?】それは家という存在、その先祖、父母、兄弟、姉妹へ恩がある事を知り感謝する事。

【言及】○ 原典「恩とは、因の心。一番根元にかえること。知恩は、有難味を知る」と近い。説法は、家という存在、その先祖、父母、兄弟、姉妹へ恩がある事を知り感謝する、と言う。

【気を配る】恩の対象は四つ(神佛・先祖・社会・物)。応え方は、知る(知恩)・感じる(感恩)・感謝する(謝恩)・態度で報いる(報恩)。まず「知る」ことから。
【実践】今日、神佛・先祖・社会・物の四つのうち、一つを選び、「何の恩があるか」を一行書き、感謝を言葉(または態度)で一つ表す。

【私の体験】

手がかりの問い: 恩を知って感謝できた対象は何か。態度で報いたことは。

日付:   出来事:

節048 良し悪しの規準 ── 善とは何か。善悪は固定ではない

教本の対応: 第十章「良し悪しの規準 ── 善とは何か」・図24

【原典】「「自動車の運転でも、『制限速度が四十キロだから、何処までも四十キロで行けばよいか』というと、そうではない。それでは必ず歪が起こる。」

── 『佛は、かく申された2』第一部「善の心」

【原典】「必要な所に、必要な性分を発揮する事。四適に適ってなして行けば、その様な事を考えなくてよい」」

── 『佛は、かく申された2』第一部「善の心」

【原典】「善悪は、同時存在なり。性善、性悪説は、成立しない。」

── 『佛は、かく申された2』「説法:性善説とは」(昭和四十四年六月)

【原典】「人は、善と悪と両方持っている。どちらを表に出すかだ。」

── 『佛は、かく申された2』「説法:善と悪」

【説法 2025/11/21「自分の正しいは、間違い?」】大自然と観応(ご神示)しないと、物事、言動、考えの善悪は分からない。

【言及】● 「善悪」は原典の語。説法は、大自然と観応(ご神示)しないと、物事・言動・考えの善悪は分からない、と言う。「善悪は同時存在」「性善説」の言い方は、説法337本に0件。

【説法 2026/2/14「ご神示を忘れるようでは、学べていない?】「大自然の法則」を学びながら、「自分は悪くない」「自分は正常だ」「善人だ」と、欠点、欠落、欠陥、欠損部分について何も感じないのなら、さらにそれに取り組まないのなら、実は、全く学べていないのではないか?

【言及】○ 原典「人は、善と悪と両方持っている。どちらを表に出すかだ」と近い。説法は、「自分は悪くない」「善人だ」と、欠点について何も感じないなら、全く学べていないのではないか、と言う(原典は、善悪の両方を持つと言う。説法は、欠点に気づく向き)。

【気を配る】人は誰でも、善と悪の両方を持つ。「いつも善」「いつも笑顔」を一律に求めると、歪みが起こる(制限速度のたとえ)。その場・その相手・そのタイミングに適うか(四適)を見る。
【実践】迷う場面で、「今、この相手に、この場で、適っているか」を一行問う。どちらを表に出すか、を選ぶ心掛けを一つ決める。

【私の体験】

手がかりの問い: 善悪の両方が自分にある、と気づいた場面は何か。そのとき、どちらを表に出すか、どう選んだか。

日付:   出来事:

体験の書き方

体験の書き方(一件ごと): 日付/出来事(評価を入れない)/必要とされた(と感じた)こと/恩を知って感謝したこと/四適(法・時・所・才)に照らしたこと/どちらを表に出すか/「私はこのように学びました」の一文。

この章をLINEで送る章の一覧へ