章14

実践書

第十四章 知らせとは何か

教本の対応: 教本『大自然の法則と人間の使命』第十四章「知らせとは何か」(図28〜図30)

「知らせ」とは、大自然の或る存在(神佛)からの合図である。知らせは決して特別なことではなく、日々の暮らしの中に、苦や嫌な思いの形で来ている。本章は、自分に起きる出来事を「合図」として受け取り直し、その体験を書き残すための章である。第十五章(種類)・第十六章(原因)・第十七章(解き方)へつながる。

凡例: 【原典】=原文のまま・出典つき/【説法】=説法の日付と題つき/【言及】=説法と原典の関係(● 語が一致 ○ 内容が近い ◇ 説法のみの言い方 ◆ 使い方が違う)/【実践】=日々の気配りと実践(案)/【私の体験】=書き手が書く

節059 合図としての知らせ

教本の対応: 第十四章「合図としての知らせ」・図28

【原典】「「知らせ」とは、「大自然の或る存在(神佛)」からの「合図」のことをいう。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「知らせとは」

【原典】「人は世の動きの一員であるが、人が世の動き、つまり法則通りに生きていくために、必要に応じて軌道修正をされる。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「知らせとは」

【原典】「神佛は、通常、言語を持たれない。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「知らせとは」

【原典】「「知らせ」とは、決して特別なことではない。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「知らせは生活の中に」

【原典】「歴史発祥の昔から今日まで、常に日常の中に有るのだが「知らせ」という観点を持たなかった。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「知らせは生活の中に」

【原典】「あらゆる万有、諸行は、必然的に発生するもので、偶然に発生するものでは決してない。」

── 『諸法の原理原則』第2章 第二理 27頁

【説法 2026/8/18「善は、自分で掴むもの?」】大自然は言う、この世に生(命)がある限り、気が付く、気が付かないに関わらず知らせ(合図)は、人類全員に平等に送られている。

【言及】○ 原典『實踐哲学の学び(その2)』「知らせは生活の中に」(常に日常の中に有る)に重なる。「平等に送られている」は原典に0件(説法のみ)。原理原則第1章18頁に、注意・警告の平等(法の能きの平等の一つ)がある。

【説法 2026/5/5「あなたは、変れていますか?」】この世の出来事に偶然はなく、すべて必然によって物事は起きる。

【言及】● 原理原則第2章 第二理 27頁「偶然に発生するものでは決してない」と同じ筋(語は「偶然」「必然」が一致)。

【気を配る】「偶然」「運が悪い」と言いそうになった時、その言葉を一度止める。ベルは「用があるから」鳴る。
【実践】今日起きた出来事を一つ選び、「これは合図かもしれない」と口にしてみる。まだ解かなくてよい。

【私の体験】

手がかりの問い: 今日、「偶然」「運が悪い」と思った出来事は何か。合図として見直した時、見え方は変わったか。

日付:   出来事:

節060 苦は、知らせである

教本の対応: 第十四章「苦は、知らせである」・図29

【原典】「われわれの周囲で発生する事故、事件、病気、不和などの「苦」、生活上の不都合な事象、現象が、神佛からの知らせである。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「苦は知らせ」

【原典】「また「嫌だな」「おかしいな?」と、心で思う状況も知らせである。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「苦は知らせ」

【原典】「個人の身体に起こる眠気、しびれ、痛み、病気などの様々な現象や、心の怒り、あせり、いらいらした気持ちや勘違いなど。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「苦は知らせ」

【原典】「知らせに気付き、行動を変えたから、知らせがなくなったのである。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「苦は知らせ」(登校拒否の子供の事例の結び)

【説法 2026/4/27「自分の罪は忘れてはならない」】今、病気(癌、脳梗塞)になる、怪我をする、物事が上手くいかない、何か困りごとから抜け出せない等、目の前で起こったことで、大自然からの「知らせ(合図)」だと気が付き、これからどのようにしていくか?

【言及】● 原典「苦は知らせ」の挙げる病気・怪我・不和などと同じ筋(「知らせ」「合図」は原典の語)。

【説法 2026/9/8「自分より、相手のことを考えていますか?」】「怒」の感情を持たされたことが、「知らせ(合図)」で、何かに気付け、立ち上がれ、と教えておられるチャンスではないでしょうか?

【言及】○ 原典「苦は知らせ」の「心の怒り、あせり、いらいらした気持ち」も知らせ、という所に近い。● 「チャンス」は原典の語(20件)。「怒の感情を持たされた」という言い方は、原典にそのままは見つからない。

【気を配る】「嫌だな」「おかしいな?」と心で思った瞬間を、見逃さない。身体の不調(眠気・痛み・息苦しさ)・怒り・あせり・いらいらも、合図として数える。
【実践】一日の終わりに、「嫌だな」と思った出来事を一つだけ書く。解かなくてよい。身体の不調は、診察・薬の要否を伺い、受診を優先する。

【私の体験】

手がかりの問い: 今日の「嫌だな」「おかしいな?」は何だったか。身体の不調と心の動き(怒り・あせり・いらいら)は、どう重なっていたか。

日付:   出来事:

節061 なぜ、苦で知らせるのか

教本の対応: 第十四章「なぜ、苦で知らせるのか」

【原典】「同様に神佛が知らせを掛けられるのも、苦や痛み、悩み、困難さを持って合図される方が、気付きや進歩発展に効果的である。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「知らせの方法」

【原典】「神佛は、各人各様に、最も時機に適った、最も効果がある「苦」で持って合図されているのだ。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第一章「知らせの方法」

【原典】「一切の苦は、(法則、教えに)導くための方便(手段)である」

── 『心掛け』71〜72頁付近「苦」(当来佛)

【原典】「苦は、救うための「手段」である。」

── 『心掛け』71〜72頁付近「苦」

【説法 2026/5/31「苦」があるから、心が磨がかれる」】「苦」とは、「心」が善くなる為のもの(手段、方便)でもある。

【言及】● 「苦」「方便」「手段」は原典『心掛け』71〜72頁付近の語と一致(「一切の苦は、導くための方便(手段)」)。同じ説法の「その苦を乗り越えることで『心』というものを磨く」は、原典『實踐哲学の学び(その2)』の「気付きや進歩発展に効果的」に近い(○)。「心磨き」の語は原典に0件。

【気を配る】苦を「取り除くもの」としてだけ見ていないか。最も時機に適った、最も効果のある苦として来ている、と受け取れているか。
【実践】つらい出来事の最中に、「これは救うための手段として来ている」と一度だけ心の中で言う。その後に、できる処置(休む・受診する・連絡する)を行う。

【私の体験】

手がかりの問い: 今のつらさは、何に気付かせようとしているように思えるか(思えなければ、そのことも書く)。

日付:   出来事:

節062 知らせからさとりへ ── 気付く・解く・実行する

教本の対応: 第十四章の末尾・図30

【原典】「大自然は、動き、能きのご意趣を、各自の「六根」を通じて、解れ、悟れ、覚れと、「証し」のために「知らせ」「合図」「予報」「警告」をする。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第十二則「能きは合図」126頁

【原典】「不注意も知らせ。知らせでないものはない。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第十二則「能きは合図」126頁

【原典】「「させられる」というが、「心掛け」はそれぞれ各自の責任。」

── 『諸法の原理原則』第2章 第一理 24頁

【説法 2026/2/6「法則は、生きるためには必要!」】その「知らせ」に、観応して気が付くか?気が付かないか?そして、「知らせ」を解くか?解かないか?解けるか?解け切るか?そして、自分が変化していくか?(「ここでないと他所では解け切れない」:大自然)

【言及】● 原典の語(知らせ・観応・解く)。「解け切」は原典に1件。「気が付くか→解くか→変化するか」の段階の並べ方は、原典のそのままの句は見つからない(教本 図30の「三つの分かれ目」に対応)。

【説法 2026/8/13「ベクトルは、常に自分に向ける?」】大自然は言う、何かが起こる場に居る、それは偶然ではなく、必然なことなのである。

【言及】● 原理原則第2章 第二理 27頁の筋(偶然でなく必然)と同じ。同じ説法の「知らせの解き方のベクトルは自分自身に向け」は第十七章の言及を参照。

【気を配る】どこで止まっているか。①気付かない ②気付いたが解こうとしない ③解いたが実行しない。
【実践】掛かった知らせについて、止まっている段階を一行で書く。止まった段階の次の一歩だけを、今日行う。

【私の体験】

手がかりの問い: 最近の知らせは、①気付く ②解く ③実行する、のどの段階で止まっているか。その理由は何か。

日付:   出来事:

体験の書き方

体験の書き方(一件ごと): 日付/出来事(評価を入れない)/合図として受け取ったか/止まっている段階(気付く・解く・実行する)/次の一歩/その後。

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