章13

実践書

第十三章 幸せとは何か

教本の対応: 教本『大自然の法則と人間の使命』第十三章「幸せとは何か」(図27)

「幸せ」とは、快感や満足感ではなく、「仕合わせ(為し合わせ)」──物事が上手く為し合わせる状態であり、和が出来た状態である。第十三章は、この幸せと、慾の満足との区別、如意と報恩、幸せは預かりものであること、を原典と説法で確かめる章で、最初のご相談(いつも笑顔・やさしく)の願いの底にある「幸せ」の土台にあたる。

凡例: 【原典】=原文のまま・出典つき/【説法】=説法の日付と題つき/【言及】=説法と原典の関係(● 語が一致 ○ 内容が近い ◇ 説法のみの言い方 ◆ 使い方が違う)/【実践】=日々の気配りと実践(案)/【私の体験】=書き手が書く

節055 幸せとは「仕合わせ」(為し合わせ) ── 和が出来た状態

教本の対応: 第十三章「幸せとは『仕合わせ(為し合わせ)』」

【原典】「ここで言う「幸せ」は、単なる快感、満足感、安心感ではなく、万民が共通に理解できる「仕合わせ」、つまり物事が上手く「為し合わせる」状態を言う。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「人の幸せ」

【原典】「つまり、物事が滞りなくスムースに進み、皆が精神的にも物質的にも充足され、過不足ない状態である。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「人の幸せ」

【原典】「つまり、「和」が出来た状態である。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「人の幸せ」

【原典】「和とは、物心両面で均衡、調整が取れた状態で、心、力、知恵などが合体した状態である。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「人の幸せ」

【原典】「それには個人の利や都合が中心の考えでは成立しない。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「人の幸せ」

【原典】「他、集、社会全体に思いをはせ、法、時、所、相手の才に合わせ、自分の言動の効果、結果を考えて行動しなくては、為し合わせは難しい。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「人の幸せ」

【原典】「仕合わせとは、なし合わせる、意の如くなる。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「幸せ」(当来佛)

【原典】「すなわち、神佛のご守護による幸せで、「仕合わせ」からくる「幸せ」が大きい。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「幸せ」

【説法 2026/2/20「仕合わせは、和合?」】大自然が法則として言われる「家族で和合しなさい」とは、例え離れていても家族の一人ひとりの、「心と心が通い合う」ことが、「和合」することだと。

【言及】○ 原典「つまり、『和』が出来た状態である」と近い(「和」「仕合わせ」の語が一致)。説法は、「家族で和合しなさい」とは、離れていても「心と心が通い合う」ことが和合だ、と言う。

【説法 2026/2/20「仕合わせは、和合?」】「仕合わせ」とは、人の進むべき道、正しい道、善になる方法を目指し、探すこと。

【言及】◆ 同じ「仕合わせ」の語で、原典は「物事が上手くなし合わせる、意の如くなる」と定義する。説法は、「仕合わせ」とは、人の進むべき道、正しい道、善になる方法を目指し、探すこと、と言う(定義が違うように読める。並置のみ)。「仕合わせ」の語は、説法337本中9本。

【説法 2025/12/27「大自然」に心を向ける】貧、病、争の苦が少なく、そして安心、安らかさ、豊かさ、仕合わせ(幸福)を実感できる、さらに希望と感謝が湧く。

【言及】● 「仕合わせ」は原典の語。説法は、貧・病・争の苦が少なく、安心、安らかさ、豊かさ、仕合わせ(幸福)を実感できる、と言う。

【気を配る】幸せを、快感・満足感・安心感だけで測っていないか。原典の幸せは、物事が滞りなく進み、皆が充足し、和が出来た状態。自分の利や都合が中心では成立しない。
【実践】今日、家族・周りの人との間で「上手く為し合わせた」と思える場面を一つ書く。見つからない日は、「為し合わせるために自分ができること」を一つ書く。

【私の体験】

手がかりの問い: 「和が出来た」と感じた場面は何か。そのとき、自分は何をしたか。

日付:   出来事:

節056 何が幸せ「でない」か ── 慾の満足との区別

教本の対応: 第十三章「何が幸せ『でない』か ── 慾の満足との区別」

【原典】「仕合わせるとは、「幸せ」ではない。」

── 『実践』「仕合わせる」

【原典】「腹いっぱい食べて、欲しいものが手に入って、思いどおり事が成って幸せとか、個人の勝手気ままでの幸福ではない。」

── 『実践』「仕合わせる」

【原典】「それは慾が満たされ安堵し、満足した動物的な状態である。」

── 『実践』「仕合わせる」

【原典】「真の「しあわせ」とは、いろいろな事が仕合わせる、上手くなし合わせる、物事が上手く、都合よく、無駄なく進む。」

── 『実践』「仕合わせる」

【原典】「家族の事が、仕事の上での事が、学業、研究の事が、都合よく事が運び、互いの事情が合い、なし合わせ、滞りなく、無駄なく、能率良く、当初の予定以上の事、成果が起こる。」

── 『実践』「仕合わせる」

【原典】「双方、皆が善くなる。」

── 『実践』「仕合わせる」

【説法 2026/9/11人間の「美しさ」とは?】今、私たちは、「幸せ」「幸福」の価値、判断を勘違いしている、勘違いさせられて生きてきているのではないでしょうか?

【言及】● 「幸せ」「幸福」は原典の語(「幸せ」は説法337本中143本、「幸福」は4本)。説法は、「幸せ」「幸福」の価値・判断を勘違いして(させられて)生きてきているのではないか、と言う(原典「仕合わせるとは、幸せではない」と同じ向き)。

【説法 2026/6/13「苦」が良ければ、学ばなくてよい!】しかし、目的を達したとしても、それで「心の幸せ」は買う事は出来ないのである。

【言及】○ 原典「慾が満たされ安堵し、満足した動物的な状態」と近い。説法は、目的を達しても、それで「心の幸せ」は買えない、と言う(「心の幸せ」は説法のみの言い方。説法337本中5本、原典に0件・◇)。

【気を配る】欲しいものが手に入った、思いどおりになった、の安堵を、幸せと取り違えていないか。それは慾の満足で、仮のもの。双方・皆が善くなったかを見る。
【実践】今日「幸せだ」と感じた瞬間を一つ書き、それが慾の満足か、皆が善くなる為し合わせか、を一言添える(どちらでもよい。分けて見るだけ)。

【私の体験】

手がかりの問い: 慾が満たされても、幸せと感じなかった経験は何か。皆が善くなって、幸せと感じた経験は。

日付:   出来事:

節057 如意と報恩 ── 「幸せと不幸の限界は、如意」

教本の対応: 第十三章「如意との関係」「どうしたら幸せになれるか」

【原典】「如意とは、意の如くなる。いいようになる、自分が考えたようになること。」

── 『実践』「仕合わせる」「如意とは」

【原典】「ただし、自由気ままにして、自我、我知、我計、我慾を通して、意の如くなるのではない。」

── 『実践』「仕合わせる」「如意とは」

【原典】「意の如くなるためには、神佛の意の如く行って、ご意趣の通りの事をして、功徳を積んでいって、意の如くなるのであって、」

── 『実践』「仕合わせる」「如意とは」

【原典】「「幸せと不幸の限界は、如意」」

── 『実践』「如意とは」(当来佛)

【原典】「「幸せを得ようとすれば、報恩の心。まず神佛への報恩、先祖へ、社会へ、物へ」」

── 『実践』「如意とは」(当来佛)

【原典】「幸せを得ようとするなら、まず、「報恩」の心が肝心。」

── 『心掛け』「幸せ(仕合わせ)」

【原典】「その第一点は、「神佛」への恩、報恩である。」

── 『心掛け』「幸せ(仕合わせ)」

【説法 2026/7/21「心に、『有難う』がありますか?」】そして、感謝の次にすることは、恩を返す報恩ではないか?

【言及】● 「報恩」は原典の語(説法337本中6本)。説法は、感謝の次にすることは、恩を返す報恩ではないか、と言う。「如意」の語は、説法337本に0件。

【説法 2026/9/9「感謝」の心がありますか?】自由の裏には、必ず責任があるように、感謝(恩)の裏には報恩がある。

【言及】○ 原典「幸せを得ようとするなら、まず『報恩』の心が肝心」と近い(「報恩」の語が一致)。説法は、感謝(恩)の裏には報恩がある、と言う。

【気を配る】自分の思いどおり(自我・我慾)を通すことが如意ではない。神佛の意の如く行い、功徳を積んで、意の如くなる。幸せを得るには、まず報恩の心。
【実践】今日、神佛・先祖・社会・物のうち一つに、報恩の行いを一つ行う(礼拝・墓参り・感謝の言葉・物を大事にする)。

【私の体験】

手がかりの問い: 思いどおりにならなかったことが、あとから「これで善かった」と思えた経験は何か。

日付:   出来事:

節058 幸せは神佛からの預かりもの

教本の対応: 第十三章「幸せは『神佛からの預かりもの』」

【原典】「「幸せは、神佛から預かっているもの」」

── 『心掛け』「預かる」

【原典】「「苦も、神佛から預かっているもの」(当来佛)。」

── 『心掛け』「預かる」

【原典】「借りもの(仮り物)なのだ。」

── 『心掛け』「預かる」

【原典】「自分のものだ、自分の力で幸せになったと喜んではいけない。」

── 『心掛け』「預かる」

【原典】「神佛がして下さっているのだから。」

── 『心掛け』「預かる」

【原典】「だから、苦も神佛がさせておられる。何故なのか?を教えて頂き、さとる。」

── 『心掛け』「預かる」

【原典】「お返しするものだ。」

── 『心掛け』「預かる」

【説法 2026/6/19「ご神示」は大自然から貸して頂いたものである!】霊観応(ご神示、絵姿)の力は、お借りしているもの、預かっているものだから、持ち主の意向(御意趣)を抜きにした時に、返納しなくてはならないし、大自然が勝手に取り上げられるものでもある。

【言及】○ 原典「幸せは、神佛から預かっているもの」と近い(「預かる」の語が一致)。説法は、霊観応(ご神示・絵姿)の力は、お借りしているもの、預かっているものだ、と言う(原典は幸せ・苦を預かりものとし、説法は霊観応の力を預かりものとする。向きが違うので、並置)。

【気を配る】幸せも苦も、神佛からの預かりもの。「自分の力で幸せになった」と喜び切らず、「苦」も、何故かを教えていただく。預かっている以上、丁寧に扱い、お返しする。
【実践】今日、幸せと感じたことと、苦と感じたことを一つずつ書き、それぞれに「預かりもの」と一言添える。

【私の体験】

手がかりの問い: 「預かりものだった」と気づいた幸せ(または苦)は何か。そのときの気持ちは。

日付:   出来事:

体験の書き方

体験の書き方(一件ごと): 日付/幸せ(仕合わせ)と感じたこと(評価を入れない)/慾の満足と、為し合わせの別/報恩として行ったこと/預かりものとして受けたこと/「私はこのように学びました」の一文。

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