2026年10月29日(木) 知らせ・さとり
「学ぶ、気持ちがありますか?」
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「学ぶ、気持ちがありますか?」
【「大自然の法則」を学んでいる人、これから学びたい人へ】
私たち誰もが、絶えず、心や身体に何か困りごとがあり(悩み)、それを抱えている、上手くいかないことが起こる、次にも起こっていくのではないでしょうか?
その(大自然から)思わされることが知らせ(合図)であるのに、放置する、解かない、忘れる等、見過ごし軽慢していると、次には病気、怪我、事故などの大きな知らせ(合図)へと変わっていくことになる。
そして、いつも事が大きくなってから、薬だ、病院だ、警察だ…と、慌てる、騒ぐ、助けを求めているようなことはないでしょうか?
考えてみれば、折角学んで来て、道理が分かって来ているはずなのに、いつも「ご神示」を忘れる、「知らせ」を忘れさせられている。
それはあなたに「信」の心がない、自分の慢心、自我、我知、我計、我慾が、いつの間にか前に出ているからではないでしょうか?
私たちは、「大自然」の存在、全て「させられる」、そして「知らせ(万有、意趣の所産)」の大切さを感じていないから、気持ちがそこ(知らせ)へ行かせてもらえない、気付かせてもらえない、さらに真剣に実践をして来ていないからではないでしょうか?
万に一つとない機会に遭って、大自然の存在、力、教えを知って、毎日、何を心掛けて生活していますか?
要するに、学ぶ「心掛け」が出来ていないから見逃してしまう、放置してしまう、またそれも気にならないのではないでしょうか?
大自然は言う、「知らせ(合図)」の一つ一つが、お前、お前、お前の瞬間、日々の運命を変えることのできる「鍵‼」ではないだろうか?
信じるか?信じないか?「ご神示」をするか?しないか?解くか?解かないか?そして、解いた通り実践するか?どうか?
そのことで「信」が深まり観応の度が変わり、学びの深さも変わるのである。