9月水曜日23

2026年9月23日(水) 学び・実践

教えてはもらえるが、やるのは自分!

教えてはもらえるが、やるのは自分!


私たちの考えること、思う心(感情)が、相手に対しての発現や目つき、態度となり人の心の感情を動かし善、悪を作って来ているのではないでしょうか?
その逆もあり、相手から受けたその気持ちを善、悪のどちらにするか?でも運命が変わるのでもある。
過去行ってきたこと、今、行っていること、思いの全てが未来へと繫がり、その結果が、自分の喜びになる、幸せ(結婚する、楽しい)になる。
反対に怒こる、嫌われる、哀しませる、さらに病気になる、怪我をする、離婚をする、そして滅する(死ぬ)等の結果として起こってくることを、「大自然の法則(形而上学)」で、数々の実例として学んだのではないでしょうか?
けれど、学んだだけ、知っただけでは、何も変わらない。
珍しい話、善い話、話の話で終わってしまう。
自分が考える、思う、その「心」の受け皿である「心」で起こす反応を変えなくてはならないのではないでしょうか?
例えば、相手から何か言われたら、すぐ怒る、傷つく、恨むなどの感情になることを抑えられるように努力をする。
その言葉に反応する心の原因を探し、そのような言葉に簡単に反応しない、流されない自分になれるように尽力する。
それには、自分の心の中に潜む、我、慾、面子の癖、自分の執着を外すなど、自分を変える修道をしていかなくてはならないのではないでしょうか?
自分の「業」の中に潜むこれらの原因にまで掘り下げ、たどり着けているのだろうか?
絵姿で教えて頂いても表面的なさとり、理解では、実行はおろか、気付きもしない。
そこで、「心の掘り下げ」と実践の繰り返しが大切になって来る。
(*心を読む:当来佛が再出現されている、今の「教え」)
(*姿、形の掘り下げから、姿、形で教えておられる、心の中の掘り下げへ)
大自然は言う、自分の握りしめているもの(執着)を、少しずつ緩めることが出来て、「大きな器」になっていけるのではないだろうか?
それには宇宙の原理原則を知る。大宇宙の動き、能き、仕組みの偉大さを知って、小さな自分の執着、こだわりの愚かさを知る。
「変わる」というのは、自分がどれだけ自分の心と向き合えるか?であり、
「このままで良い」と思えば、それまでである。
自分の心は、誰にも代わってもらえない!誰もしてはくれない。
心は自分の「もの」である。
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