教本『大自然の法則と人間の使命』
第八章 人間の業 ── 宿命と運命
凡例:金枠=原典(暗記対象・出典付き。主に『諸法の原理原則』に依る)/灰枠=〔編者注〕・譬え・具体例(原典の言葉ではない)/〔出典:…〕=地の文中の典拠。教義は不変、原典は実在テキストからの引用のみ。
宿命 ── 生まれた時に持つ「命」
第一部では、世の出来事に偶然はなく、すべてが「させられている」ことを見てきた。では人は、なぜ男に、女に、この家に、この能力で生まれてくるのか。なぜ、人それぞれに違う人生を歩むのか。原理原則は、これを「宿命」と「運命」の理として説く。
【原典】第三章 第四理 万有、万物に宿命と運命がある 『諸法の原理原則』
あらゆる万有、万物は、総て前世の所行の「因縁」による報果として、現世に生を受けた時に「命」を持っている。これを、「宿命」という。爾後、所行と周囲の環境によって変化する「運命」を持つ。運命は、未来の宿命を決める「因縁」である。
── 出典:諸法の原理原則 第3章「万有、万物の性質」54頁
【原典】第三章 第四理〈命〉〈生命〉 『諸法の原理原則』
<命>
「命」は、「令」と「口」の合字。「令」は、神の啓示を待つ姿。「口」は、神の言葉。「命」とは、神の指令、命令、指示の意味を持つ。
<生命>
「生命」とは、生きるための使命、生きることの使命。「命数」とは、命の長さ。
── 出典:諸法の原理原則 第3章「万有、万物の性質」55〜56頁
宿命を、原典の別の書は身近な言葉で説く。「人には宿命という、逃れられない、させられた『定め』がある」。それは「女として、男として、何々家の子供として、この地域に、日本人として…、というような変えられないおきてだ」〔出典:形而上学のすすめ(二)「宿命と責任」〕。
業 ── 身・口・意の行い
では宿命は、何によって決まるのか。原理原則は、それを「宿業」という。
【原典】第三章 第四理「宿命」「宿業」「宿業と宿命」 『諸法の原理原則』
「宿命」
宿命は、「宿業」によって決まる。宿命というのは、一つの使命とか「命運」。持って生まれたものだから、目に見えないもの。宿命は前世から見れば、そのものの運命。宿命は因縁を担っている。
「宿業」
宿(しゅく)は、前世の因縁、業の果。
1.宿業とは、宿命を生む過去の原因、因縁を作る「業」のこと。宿命のもとの業を、宿業という。
「宿業と宿命」
宿業と宿命を同義としてみなす。宿業とは、過去世の業。宿命とは、過去世の業の報果の結果。
── 出典:諸法の原理原則 第3章「万有、万物の性質」56・59頁
業とは何か。「業とは、身と口と意の行いのこと。善悪の報いを引き起こす行いのことで、全ての報果の因、原因である」。そして「過去世の業が『因』で、今世の過去の業が『縁』で、現在の『果』がある」。前世の業だけが人生を決めるのではない。「そして、今日の業が明日を創る」〔出典:心掛け「因縁と業」〕。
因縁 ── 絶てないが、償える
【原典】第三章 第四理「因縁」「因縁を絶つ」「因縁と償い」「因縁を運ぶ」 『諸法の原理原則』
「因縁」
1.原因。2.因と縁。機縁。3.わけ、理由、動機、目的、いわれ。
「因縁を絶つ」
因縁を絶つ、または切るとよく言うが、因縁(もと)を切る事は出来ない。例えば、ひっくり返した水のように、その水はシミとは成るが、元に返らないし、その品物が、まともに使えるかどうか分からないのと同じである。
「因縁と償い」
過去の因縁を消すことは出来ないが、償うことは出来る。つぐなうとは、賠償、貝を倍にして返すことである。
「因縁を運ぶ」
人は、色々な因縁(宿命)を貰って生まれるが、この因縁をいかに運ぶか(これが運命である)である。因縁という荷物を車に積んで歩くことが、運命。この運命を神佛のお力を頂き、善い方へ変えていくのである。
── 出典:諸法の原理原則 第3章「万有、万物の性質」55頁
因縁は、親から子へも現れる。「親の顔や性格に似た子(果)ができる。これも因縁の現れ、因縁の教え」。当来佛は「親が悪いことをすれば、悪い子を送り、子に因果が報うように神佛は見せられるが、それは戒めのため。死んだときに決算はできている。黒字の子は、黒字の家に生まれる。赤字の子が、赤字の家に生まれる」と仰せである。しかし「元の因縁を、善くすることはできる。悪い因縁は、神佛に善い方に転換していただくのである」〔出典:心掛け「因縁と業」〕。
罪障を「消滅」ではなく「償滅」とするのも、この理による(第十二章「善業の累積」)。
運命 ── 宿命に、今世の業が加わる
【原典】第三章 第四理「運命」「運命の流転」 『諸法の原理原則』
「運命」
運命=宿命(宿業)+運業(今世の未来のこと)
前の世の宿命が、宿業の因縁として出る。
「運業」とは、身、口、意の三業の所作。業の行く末は、自分の子孫に現れる。
「運命の流転」
生まれた時から始まる。本人が努力することによって変わってくる。運命は、吉凶禍福の因縁果がぐるぐる回って来るので、回り合わせ。結果の前には、原因がある。途中の経過、因縁果がある。それを因縁果の流転という。運命を変えるには、自分が努力し、正しい信仰により、大自然のお力を頂くかどうかである。
── 出典:諸法の原理原則 第3章「万有、万物の性質」56頁
【原典】第三章 第四理〈宿命〉〈運命〉 『諸法の原理原則』
<宿命>
「宿命」は、前世の「宿業」の繰越であり、変更は出来ない。
<運命>
「運命」は、「心掛け」「所行」によって変化する。また、変更可能なものである。日々、身の上に起こる吉凶禍福の巡り合わせ、自然の成り行きが運命である。死とともに決算し、宿業として次の世へ引き継ぐ。
── 出典:諸法の原理原則 第3章「万有、万物の性質」58頁
運命を俗に「めぐり合わせ」と言うが、単なる偶然ではない。「すべて、原因と経過があって、結果がある。これを『めぐり合わせ』と言う」〔出典:諸法の原理原則 57頁「運命、めぐり合わせ」〕。
原典の別の書は、これを一つの式に表している。「宿命+努力+ある力(神佛)=運命」。「させられてはいるが、自主自立による人間的努力、研鑽、改善は必要であるということだ。だから、『させられている』と言って、何もしない、諦める者には、神佛の能き(加勢)、ご守護はないのだ」〔出典:形而上学のすすめ(二)「宿命+努力+ある力(神佛)=運命」〕。第五章で見た「必然の中の余地」とは、この運命のことである。
宿命と使命・天命
【原典】第三章 第四理「宿命と使命」〈天命〉「天命と住位」「天命を全う」 『諸法の原理原則』
「宿命と使命」
宿命の中に、「使命」が含まれている。運命の中にも、即、使命がある。宿命の中に、使命が含まれ、それが大きな使命か小さい使命かである。秀吉などは、宿命の中に、大きく使命があった。だから、色々な体験をさせられ、社会情勢に精通しなくてはならなかった。秀吉の運命の中に、即、使命があった。
<天命>
「天命」は、大自然から与えられている使命、役、巡り合わせ、さだめである。
「天命と住位」
「天命」とは、天帝の命令、神の支配、天の指図、天賦の使命、寿命、命運である。天命を天賦の使命、天与の使命と考えた時には、自己の住位と通ずるものがある。
「天命を全う」
天命は、すべての人に与えられているが、知っている者は少ない。天命を全うして死す時は、何らかの形で結果が出るか、また後に出てくる。天命は宿業の因縁によるので変えられる場合と変えられない場合がある。
── 出典:諸法の原理原則 第3章「万有、万物の性質」57〜59頁
宿命は、ただの重荷ではない。宿命には「役目」が伴う。「そしてそれに応じた『役目』というものがある。言葉を変えれば、使命、分という枠と、それに責任だ」〔出典:形而上学のすすめ(二)「宿命と責任」〕。その使命を知る道を、原理原則は「天分を知ることが使命観。才能を見極めることが使命観を知ることである」「その日、その日に最善を尽くすこと」と示す〔出典:諸法の原理原則 58頁「使命観」〕。この使命と住位は、第十一章で見る。
運命から逃げず、運命を運ぶ
【原典】第三章 第四理「運命、めぐり合わせ」 『諸法の原理原則』
2.過去の総決算が、今世における宿命である。これはどうにもならないが、未来世はどうにでもなる。運命を良くするためには、功徳を積まねばならない。功は、手柄。手柄を我々が立てることによって、神佛が徳を与えて下さる。運命は、はこぶ。自らが運ばねばならぬ、原因は自分が作る。運命から逃げるより、運命を打開する努力をせよ。
── 出典:諸法の原理原則 第3章「万有、万物の性質」57頁
善い人が報われず、悪い人が栄えるように見えることがある。当来佛は、その問いにこう答えておられる。「善い人が、悪い結果をもらい、悪い人が良い結果をもらうのは何故か?①過去世の業の結果②毒にも薬にもならない人を善い人と思う。悪い人と思えても案外、世の役に立っている。人間の目と神佛の目とは価値観が違う」〔出典:心掛け「因縁と業」〕。
業から宿命、宿命から運命へ、そして次の世へ ── 本章の筋を一枚にしたものが図20である。
図20の読み方
図20は四段に読む。一段目は左から右へ、時の流れとして読む。「前世」の「宿業」は「宿命のもとの業」である。それが生まれた時の「宿命」となり、「前世の『宿業』の繰越であり、変更は出来ない」。今世の「運命」は「『心掛け』『所行』によって変化する」。そして「死とともに決算し、宿業として次の世へ引き継ぐ」。その下の二枚は運命の中身で、原理原則は「運命=宿命(宿業)+運業」とし、「運業」を「身、口、意の三業の所作」と定める。原典の別の書は、これを「宿命+努力+ある力(神佛)=運命」と表す。二段目は因縁で、「因縁(もと)を切る事は出来ない」が、「償うことは出来る」。「因縁という荷物を車に積んで歩くことが、運命」である。三段目は、宿命がただの重荷ではないことを示す ──「宿命の中に、『使命』が含まれている」。四段目が本章の結びで、「運命から逃げるより、運命を打開する努力をせよ」。同じ時の流れに使命・住位と分・価値を重ねた図が、第十一章の図26である。

人は、業を負って生まれ、宿命の枠の中で、運命という荷物を運んで歩く。その途中で、人は迷い、悩み、苦しむ。次章では、その迷い・悩み・苦を見る。