教本『大自然の法則と人間の使命』
第九章 迷い・悩み・苦 ── 業を運ぶ人生の指針
凡例:金枠=原典(暗記対象・出典付き。主に『諸法の原理原則』『心掛け』に依る)/灰枠=〔編者注〕・譬え・具体例(原典の言葉ではない)/〔出典:…〕=地の文中の典拠。教義は不変、原典は実在テキストからの引用のみ。
苦の無い人はいない
「昔から人には生、老、病、死の四つの苦、それに八苦があるといわれている。人は、どんなに裕福でも、どんなに健康でも、どんなに地位が高くても、必ず苦しみはある。実際、ただの一人として、苦しみを持たない人間はいないのだ」〔出典:形而上学のすすめ(二)「形而上学から見た苦」〕。
では、生きていく苦とは何か。原典は、四苦のうち生まれてくる苦について「この世に生まれ、生きていくための様々な苦がある。それは、貧、病、争で、顕(あら)わされるのではないか?」と説く〔出典:心掛け「苦の種類」〕。第六章で見た貧・病・争(図16)は、この苦のことである。
原典は、これまでの宗教について「まるで、苦が全く無くなるような理解、解釈がされている。しかし、これは大きな誤解だ」と言い、「『解脱』の真の意味は、俗から逃れることで、苦悩からの解放ではない」と説く。当来佛は「以上の苦しみを、どうしたら苦しまないようになるかを知ること」「死ぬまでずっと、無理に苦しんで死ななくてもよい」と仰せである〔出典:形而上学のすすめ(二)「形而上学から見た苦」〕。
【原典】第二部〈苦集滅度〉「苦集・滅道の二諦」 『諸法の原理原則』
<苦集滅度>
旧佛教は「苦集滅道」、当来佛の教えは「苦集滅度」へ。
「苦集・滅道の二諦」
肉体的病苦、経済的苦悩、精神的煩悩等の苦は、単発ではなく次から次へと集積する。この苦集の根本原因を明らかにすることを「苦集諦」という。原因を明らかにすることが出来れば、苦集を滅する道が判然とする。これを「滅道諦」という。
── 出典:諸法の原理原則 第二部「大自然の動き、能きの定理」114〜115頁
苦は、「なるようにしかならない」ものではない。「『なるようにしかならない…』ではない。『真実は、こうしたらこうなる』という法則を究め、学ぶこと」〔出典:諸法の原理原則 116頁〕。そのためには、まず苦の根本原因を明らかにしなければならない。
苦の原因 ── 業の宿命と業の運命
当来佛は、苦の原因を五つに分けて説かれた。
【原典】説法:苦の原因とは 『佛は、かく申された2』
1.先世の業の宿命
2.今世の業の運命
3.神佛の法を見ないため
4.欲、我欲、自己中心の自愛の欲のため
5.四恩を知らないため
昭和三十七年十二月
(四恩:神佛(大自然)の恩、先祖(先輩)の恩、物(身体)の恩、社会(環境)の恩)
── 出典:佛は、かく申された2「説法:苦の原因とは」
一つ目と二つ目は、前章で見た宿命と運命そのものである。今世の業の運命による苦は、「悪い原因(身、口、意)があるから、結果として、悪くなる。善い原因を作ると、次第に善くなっていく」。前世の業の宿命による苦には、「罪障消滅(償滅)する。善を積む、善業累積する」〔出典:心掛け「苦の原因」〕。
〔編者注〕 『心掛け』も同じ五つを「当来佛のご説法録より」として挙げるが、並べ順が違う(1.今世の業の運命/2.法則、法を見ないため/3.我慾、自愛、自己中心のため/4.四恩を知らないため/5.前世の業の宿命のため)。本書は説法の記録である『佛は、かく申された2』の順に拠った。
煩悩 ── 迷い・悩みのもと
では、三つ目・四つ目の「欲」は、どこから来るのか。原理原則は、それを本能の偏りとして説く。
【原典】第三章 第二理〈煩悩〉「煩悩は本能」「煩悩」 『諸法の原理原則』
<煩悩>
本能の偏向、強調は「煩悩」であり「歪」である。
「煩悩は本能」
煩悩は本能である。本能とは、生まれ付きである。「慾」は、どこから生まれるか?五官から心に入り、心が動く。慾のことを、煩悩という。煩悩は誰でも持っているが、それを拡大して行動するから、いけない。著心(執着)するからいけない。煩悩の執着心が、悪いのである。
「煩悩」
煩悩とは、慾(六慾)、垢(六垢)、塵(六塵)執着。その事に執着するから、慾になる。それ以上の物に、あれでもこれでもと慾を出すからいけない。形は違っているが、六種の器官を通じて伝わってくるから、慾という。わずらわしい、悩ましいということ。自分で制御出来るかというと、出来ない。油断すると緩みが出て来るから、常に、神佛に心が向いていないと本性が現われる。表面のペンキが剥げたら、地金が出てくる。だから信仰は難しい。心底から変わって来ないとならない。念々相続して、神佛を信じていかなければいけないということ。
── 出典:諸法の原理原則 第3章「万有、万物の性質」50頁
迷いと惑い
【原典】「迷い」 『心掛け』
迷とは、まよい。判断しかねている。物事が複雑に入り混じって動く、さまよう、まぎれて判断がつかないようになる。
迷とは、「米」と「之繞」からなる。米は、八十八と書く。之繞は、行ったり止まったりという意味。迷は、心が、八十八回も「行こうか?」「止めようか?」と、行ったり止まったりするさま。
「迷いの本は、慾から。浅知恵、無知、考えが足りないから迷う」(当来佛)
「迷信を信じると、信じるようにさせられたり、見せられたりする」(当来佛)
迷いを脱するのは正しい法理、正しい法に照らし合わせることだ。
── 出典:心掛け 第一部「恩」36〜37頁
迷いより一歩進んだものが「惑い」である。「分かっていながら、疑いを持つのが惑い」(当来佛)。そして原典は、「迷も惑も神佛を信じ切れない、神佛のご指示に従わないことから生ずる。ご指示を体験し、身に刻み、任せる状況でなくては、脱出できない」と結ぶ〔出典:心掛け「迷い」〕。迷った時にご神示を頂く心得は、第十八章で見る。
悩みと慾
【原典】「悩み」 『心掛け』
悩みは、「心」に「凶」は、箱の中の悪いものを爪(「ツ」・もやもや)で蓋をしている状態。
「思案はいけない」と絵姿でも教えられるが、思案や悩みの無い人間はいない。立場において、それぞれ様々な思案があって当然だ。
思案しているだけでなく「その考えを、一歩進めなさい」、そのためには思案を「解きなさい」「吐きなさい」という事。
「何故、悩むのか?」「悩みは、どこから来るのか?」「何時から悩んでいるのか?」「何が原因か?」を、考えてみないと分からない。自分の考えだけではだめで、他人に相談も必要だ。
もちろん知らせ、合図で、苦の場合と同様「必要な悩み」「不要な悩み」もある。
「悩みは、慾から出て、己が創り出すもの」(当来佛)。
何らかの慾があるから悩むのだと仰せになっている。何の慾か? 何処が慾か?
── 出典:心掛け 第一部「恩」46〜47頁
迷いも悩みも、もとは慾である。慾とは「谷のように、欠けた心のこと」であり、「分限以上のものを求めること、必要以上のものを求めると、慾となる」〔出典:心掛け「慾」〕。
苦の意味 ── 苦を糧にする
では、苦は無くなるのか。原典の答えは「苦は、無くならない。もっと言うなら、苦は無くなってはいけないのだ。苦は、人々や動物、生物を救うための手段、方法、方便であるからだ」〔出典:形而上学のすすめ(二)「どうしたら苦は無くなるのか?」〕。
【原典】「苦に意味が」 『心掛け』
「苦には、無益の苦と有益の苦がある。しかし、有益か?無益か?その違いは分からない。さとれば、無益の苦にならない」(当来佛)
「苦に負ける者は滅びる。苦を糧とする者は救われる」(当来佛)
「苦を生かすと救われ、生かさないと苦になったまま。苦をどのように世の役に立てるか?生の価値が決まる」(当来佛)
「一切の苦は、(法則、教えに)導くための方便(手段)である」(当来佛)
── 出典:心掛け 第二部「ご利益」71頁
「苦を苦にするか?進歩発展にするかで、人生は変わる」「苦を苦にするな!」と当来佛は仰せである。そして苦は、そのレベルを上げていける。「『苦』も低いレベルの苦から、高いレベルの苦に、それは個人的な『苦』から、他人のための苦へ、また、社会公共のため、将来のための『苦』へ転換する」〔出典:形而上学のすすめ(二)「苦の捉え方」「苦の処理」〕。
「苦から逃げない、向き合う。抵抗する、戦う、対抗するのではない。苦を取り込む、解明する、苦に寄り添う、そして苦を生かす。苦から学ぶ姿勢が、人生を豊かにする」〔出典:形而上学のすすめ(二)「どうしたら苦は無くなるのか?」〕。当来佛は「苦は救済のための導入口」とはっきりご説法されている〔出典:形而上学のすすめ(二)「終わりに」〕。
苦の原因から、煩悩と迷い・悩みを経て、苦を糧にする道まで ── 本章の筋を一枚にしたものが図21である。
図21の読み方
図21は四段に読む。一段目は当来佛の説法「苦の原因とは」の五つで、「先世の業の宿命」「今世の業の運命」の二つが、第八章で見た宿命と運命にあたる。四つ目の「欲、我欲、自己中心の自愛の欲」が、二段目の煩悩へつながる。二段目は上から下へ読む。「本能の偏向、強調は『煩悩』であり『歪』である」。「煩悩の執着心が、悪いのである」。そこから迷い・惑い・悩みが生まれる ──「迷いの本は、慾から」「分かっていながら、疑いを持つのが惑い」「悩みは、慾から出て、己が創り出すもの」。抜け出す道は「正しい法理、正しい法に照らし合わせることだ」。三段目は苦集滅度で、「苦集の根本原因を明らかにする」のが「苦集諦」、そうすれば「苦集を滅する道が判然とする」。四段目は苦のレベルで、「個人的な『苦』から、他人のための苦へ、また、社会公共のため、将来のための『苦』へ転換する」。そして「一切の苦は、(法則、教えに)導くための方便(手段)である」。

業を負って生まれ、宿命の中で運命を運び、迷い、悩み、苦しむ。その人間が、何のために生まれ、何を目指して生きるのか。次章から、それを見ていく。苦を知らせとして解く道は、第三部で見る。