2026年8月3日(月)「私たちは、学び直さなくてはならない!」

学び・実践

「私たちは、学び直さなくてはならない!」

私たち誰もが、「(自分の)思うようにやりたい!」「このように、叶えたい!
「あれは、こうでなくてならない」などと考え、また、その思いを持っているのではないでしょうか?
そのような考え、思いを自分の気持ちの意見として、親(義理)に、夫や妻、子供、そして兄弟、姉妹、そして家族に相談(報、連、相)するのか?それとも(相手に)何も言わずに、押し通して実行してしまうのか?
そこに、家族という繫がりが出来ているか?出来ていないのか?の違いがあるのではないでしょうか?
例えば「親の意見と茄子の花は、千に一つのあだが無い」(諺)というように、昔から、家族の意見を聞け、家族に相談しろという事は鉄則である。
親は、子供の姿を見ていて、職場や付き合いで、失敗が無いように、無理が無いようにと意見をするものである。
親は、自分の仕事は分からないから、時代が変わったから…、と考えるがそうではない。ある種の観で、天から教えられているのである。
些細なこと、ほんの僅かことであったとしても、自分の判断で言う(伝える)、言わない(伝えない)が、家族のすれ違いになり、見えない気持ちの不満が溜まり、怒りとなり、家族の中で亀裂が起こっていくことになっていくのではないでしょうか?
そして、職場でも上手く行かない。
そこに、甘え、分かってくれる、許してもらえる、など自分勝手があるのではないですか?
しかし、一旦怒らせてしまうと口を利かない、無視するようなことになっていくのではないでしょうか?
大自然は言う、家族だから、分かってもられる、許されるものではないのである。
気が付いていないが、「私の気持ちが分かるでしょ!」「言わなくても伝わるでしょう!」と、思い込んでいるのではないか?
やはり、「気持ち」と言うものは、言わなくては分からないものである。
それも最後まできっちりと伝えなくては誰も解からない。
要するに、「私の気持ちを分かれ!」「理解しろ!」と、無理を言っているようなものではないでしょうか?
それでは、家族から見放されても当然ではないだろうか?(封建的)
そのようなことは、「法則」には書かれていない、人として最初から学び直すことである。

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