2026年8月30日(日)努力なしでも生きられるが、「苦」は追いかけてくる!

学び・実践

努力なしでも生きられるが、「苦」は追いかけてくる!

私たちは、親(義理)、夫や妻、子供、そして兄弟、姉妹などの家族との繫がりを持ち、職場の人たち、学校の仲間、周りにいる人たちなど、その中の「一人の人間」として生きていかなくてはならない。(衆の中の個)
何か困った時、その人達から助けて頂いたり、守って頂いたりなど、手を差し出してもらえることもあるけれど、当然、いつまでも甘えたり、頼ってばかりは出来ない。
なぜなら、万物には、生まれながらに自主自立できる能力(本能)を与えられている。
独立、自立という事が必要である。
生きていくのは「自分」なのであり、自分という存在をどのように表すか?それは、また自分自身の活動の仕方なのである。
幾ら、助けてもらったり、守ってもらったりしても、自分のやっていること、行ってきたことの善悪の責任は全て自分にあり、逃れられないのである。
それが法則である。
だから、「大自然」が存在しコントロールしているのではないだろうか?
自分の生き方は、最終的には自分が決める。
話す、動くのは、その時々に自分自身の判断が決めるのではないだろうか?
その判断を教えてくださる、導いてくださるのが「大自然」であるが、ご神示をするか?しないか?それを決めるのは自分なのではないだろうか?
大自然は言う、お前、お前、お前が、自分一人で、個として生きているのではないか?個は個として、磨き確立しなくてはならない。
お前の代わりは、誰もいない、交代することは出来ない、それが嫌なら死ぬしかない。
では、どう生きていくか?どの様にやっていくか?それは、身体ではない自分の持つ「心」が決めることではないだろうか?
心ですべてが決まる。心が生き方を決め、心が運命を決める。
だから、生きるために「心を磨く」のではないか?
この世では、何も改善しないで前向きの努力もなしでは、「苦」が待っているだけである。

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