「ベクトルは、常に自分に向ける?」
私たちは、明日、何が起こるか予測できない不安定な世界を生かされているではないでしょうか?
最近では、地震(熊本地震)、山火事(スペイン、フランス)、台風(西進)、洪水などの自然災害、そして人為災害・特殊災害(気象変動)など、人の命が失われたり、暮らしや生産活動に大きな被害が出たりする。
その被害にあった方々の心の痛みは計り知れないものではないでしょうか?
しかし、悲しんだり、同情したり、落ち込んでいて善いのか?
(当来佛は前回の出現以来、また、今回の再出現でも、「災害の危機」は、何度も何度も、警告しておられる)
いうまでもなく、災害等の出来事は「知らせ(合図)」である。
つまり、天の警告、告示である。(天啓)
「大自然」が、何かを教えようとしておられる現象の一端である。
では、何を知り、学ぶのか?何を実践するのか?それが各自の課題ではある。
形而上学では、警告の意味、知らせを解くことが出来る。
しかし、知らせを知った、解いただけでは、各自が実践しないと救われない。
私たちは、現実に何時、何処で、どの様なことが起こるか分からない時、場所にいる。
例えその時、その場は免れたとしても、また次、次と危険(病気、事故、災害)が迫ってくる中で生きている。
大自然は言う、何かが起こる場に居る、それは偶然ではなく、必然なことなのである。
前世から(魂が)持つ「業」によって、宿命(環境、親族)を与えられ、災害を受ける。また運よく逃れられる。
では、その宿業(善業、悪業)をどのように生きるか?
今の心を「大自然(佛心)」に対して「信」を向けられるか?向けられないか?によって、生を全うできるか?にかかるのである。
(大自然)伝えておくが、今「信」を向けなければ、未来、来世は過酷になることは確かである。
今後も危機が多数迫る中、今、当来佛がこの世に出て、安全に生きるためのチャンスを与えて下さっている。
その機会(警告、指導、法座)をどのようにするか?それが問われている。
自分だけでなく大切な家族をどうするか?どうやって守らせていただくか?
自分がすること(業)で、全ての現象に関わり、災害に遭わされたり、見させられ、聞かされているのであるから、常に「知らせ」の解き方のベクトルは自分自身(心)に向け、変わるために一つ一つ「知らせ(出来事)」に向き合うことである。