「家族の繫がりは、切ることは出来ない!」
私たちは、常日頃一緒にいる家族に対して、また離れて暮らす親(義理)、単身赴任の夫(妻)、一人暮らをしている子供に対して伝えなくてはならないことを、忘れず、面倒臭がらずに言っているでしょうか?
小さな変化、問題も話しているでしょうか?
また、連絡を取っていたとしても、問題(職場環境、体調の変化)が起こったりしたことなど言いにくいこと、肝心なことは話さずに、そのままにすることが多いのではないでしょうか?
何時でも会える、連絡ができる、また、言わなくても分かって貰える、さらに決まってから伝えれば良い、困った時に言えば良いなど、思っていませんか?
そのようなことから親(義理)の状況が分からなくなる、夫(妻)が困っている(仕事、生活)ことを知らない、子供がどのようなこと(通学出来ているか?どの様なアルバイトか?転職しているか?)をしているか実情を知らないなどが起こり、やがて気持ちが離れて行くことに繋がっていくのではないでしょうか?
特に心については、気が付いた時には、離れてしまっていて取り返しがつかない状況にもなる。
「亭主、元気で留守が良い!」とは、世相を皮肉ったコマーシャルであるが、そこで、そのようにならないために、そうなってはいけないと気付かなくてはならない。
「(主人が)煩わしい」と感じる、また感じさせることが問題なのではないか?
一緒にいる、同じ屋根の下に住むだけで報告、連絡、相談といったコミュニケーションがなくなれば、家族と言うだけで、相手のことが全く分からない状態で、お互いの考えていること、気持ちまでも分からなくなり心が離れていくことになるのではないでしょうか?
大自然は言う、家族とは都合の良い、自分にとって便利なものではない、また「困ったから頼る」「助けを求める」ものではない。
また、それらの考えで家族の足を引っ張るなどして、逆に心配、悩み、苦を与えることになるのではないでしょうか?
あなたは、家族の一員である自覚はありますか?
一員とは、ただの仲間ではなく、「一心同体」の意味で、身体は別々だけど、一人の人間のようになって心を一つにすること。
また、家族の一員でいることは、貧、病、争の運命も繋がっていることを忘れてはならない。
さらに、最近は「毒親」と縁を切る、切る方法がある等、SNSで紹介しているが、形而上的には、縁は「切れない」。
もちろん、切られようとする親にも責任はある。どんな親でも親は親。
自分の「業」に応じた最高の親を、天から頂いているからだ。
(自分と親は同じ因縁。状況は、合わせ鏡という合図)