「喜」が飛び交うには?
私たちは今居る場で、どのようにすれば他人と上手くやっていけるか?
上手く生きていけるか?それを行うことが、自分にとって日々、大事なことではないでしょうか?
知らせが掛かる、その時直ぐに「ご神示」を立て、意味を解き、さとりの実践をしていく中で、大自然が自分に「何を教えようとされているか?」を、常に考えて練っていますか?
大自然は知らせを掛けて「楽しい人生」「喜びの多い人生」…、それを、その価値の大切さを教えようとされている。
それは、他人との比較で、財産、金が有るとか、社会的地位が高いなどの問題ではない。
目的は、生涯を通しての人との強い繋がりである。
物(食料)、知識、知恵で、他人と繋がり、助け合わなくてはならない状況が、そこに迫っている。
「災害(自然、人工)は減らない、しかし、逃れることは出来る」(当来佛:8,29)
繋がりを作るために、家庭、職場において他人とのやり取りの中で、自分が持つ悪い癖、我慾を抑え、相手の気持ちを優先し、トラブルが起こらない、起こさないために、まず相手の話しを良く聞き、受け入れていく。
それは、物事をうまく運ぶために、初めにぶつかることです。
そのような「させて頂く」気持ちを持つ、素直に相手を受け止めることが、歪を作らないことに繋がっていくのではないでしょうか?
「まず実践し、その結果をさらに応用する。その応用できる考え、やり方を次の実践に活かす。この繰り返しである」(当来佛)。
私たちの学び(形而上学)は、親しみ合い、争わずに調和していく、人と人の繫がりを築いていく、「和合」することで、「善」に導いて頂け、共に助かるための学びではないでしょうか?
大自然は言う、物ではない「心を豊にする」、それが人間の求める「心」でなくてはならないのである。
心は連鎖する。次に繋げる、それが人生の目標でなくてはならない。
ところであなたは、「喜」のサイコロボールが投げられる、その努力をしていますか?
それを投げることが出来たら、自分に「喜」となり返ってくるのではないですか?