2026年8月27日(木)「恩」は返すものである?

学び・実践

「恩」は返すものである?

私たち誰もが、家族に対する気持ちは、友達や仲間とは違った「特別な感情」が心の中に湧いてくるのではないでしょうか?
なぜなら、親(義理)がいたから誕生し、育てて頂き、成長を見守ってもらいながら、兄弟・姉妹などの家族と過ごした時間、空間、出来事は、自分にとって忘れられない記憶だからではないでしょうか?
やはり、同じ時間、同じ空間の中で生きるとは特別で、「善かった?」「嫌なことがあった!」「色々なことはあった!」けれど、それを一緒に乗り越えてきたから、今があるのではないでしょうか?
その感情は、他に変えられないものではないですか?
「自分で勝手に生まれ、自分一人で育った」など言えるものは一人としていない。
そうすると、そこに家族に感謝する気持ちが湧く、そしてその恩返そうと思う。
例え、親(義理)、また兄弟、姉妹が新しい家族を持ち、生活の拠点を離れ、別になったとしても、生きている限り、繋がりは消えることはないのではないでしょうか?
さて、私たちは、これからをどの様に生きるか?その家族とどの様な関係(家族)を持っていくのか?
互いに反(そ)れたままなのか?親(実家)を中心として、もう一度まとまるのか?
未来をどのように「善」にしていくか?
それは「当たり前の心」でもある。
大自然は言う、人間の一生は、幼少から大人に成長するまでは長く感じるが、それを過ぎると時間が加速したように速く過ぎるのを感じるのである。
「一日が早く終わった」と思えば、同様に一年、365日が直ぐ過ぎる。
だから今、何をすればよいのか?何をやらなくてはならないのか?を考えなくてはならないのではないか?
もし、残り時間が無いと思うなら、自分の家族に対して「感謝」を伝えましたか?頂いた「恩」を一つでも多く返す気持ちになりましたか?
電話もある、季節のあいさつ代わりに成り物を送ることもできる。
家族に「喜」のサイコロボールを投げることが、感謝、恩を表すことになるのではないでしょうか?
それには、思わされている、心に懸かっていることから「ご神示」で、さらに貰った「絵姿」の実践をしていかなくてはならないのではないか?
「一度では、実践にならない」(当来佛)

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