「人間の学びとは」
人には、喜びがあれば、悲しみ(哀)がある。
人には、人との出会いがあれば、いつの日か別れがある。
仮体として生(命)を受け(戴き)、そして必ず滅する。
生死流転、輪廻が世の慣(なら)いである。
そして、人は「大切な人」に別れを告げる時が、必ず訪れる。
さらに、自分も「大切な人」と、この世からも別れを告げる時が来る。
この短い間で人は、感情(心)である喜、怒、哀、楽、愛、悪(にくしみ)を、学び心を成長させられている。
中でも「大切な人」との別れは、心の痛みであり、苦しみであり、涙が枯れてなくなるほどの悲しみでもある。
その耐え難い試練を乗り越えることで、「人間の心」が出来ていく。
「大自然」は言う、「心の成長がなければ、人間はこの世に「存在」した意味がない」と。
人間は「心」の生物でもある。
一生の出来事、その体験を通じて心を修練させて戴き、心を磨いて一生を終わる。
すべて「大自然」に、させられているのである。
そして人間に「心」があるから、人間の「命」がつながり、未来も次の人間へとつながる。
「心」は、自分自身のものであるが、その心を磨く試練を与えて下さるのは「大自然」である。
情に始まる、喜怒哀楽、愛、悪の試練をどのように乗り越えるか?
大自然の霊(観能)を受けさせて戴き、観応させて戴くことである。
悲しみ(哀)の痛み、苦しみを味わい乗り越えることで、他人の痛み、苦しみが分かるのである。
残念ながら、人間は体験しないと学ぶことが出来ないのである。

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