「苦」があるから、心が磨がかれる」
人は、自分の人生を「今よりも、善くしよう!善くなりたい!」また「今の、現状を何とかしたい!抜け出したい!」等を考えるから、「善くなる」「善くなれる」何か?を探し求めるのではないでしょうか?
今の世の中には、直ぐに身体が楽になる、直ぐに病気が消える、人間関係が改善する、次元上昇する、お金が入る、貯蓄が増える…等の話が多い。
だから、人は耳ざわりの良い話に、直ぐに乗ってしまう、楽で良くなるという話にお金をつぎ込んでしまうのではないでしょうか?
そのような話に乗って、果たして上手く行きましたか?
良い話に乗る人には、いつも良い話が集まり、いつもその話に乗ってしまう。
それで何かが、変わり、変わってきましたか?
変わったように思わされ、無理に納得しただけで、結果的には現状はむしろ悪くなり、時間とお金の無駄遣いをしたのではないでしょうか?
思いませんか、楽をして善くなるのなら、誰もが楽をしたいし、困りごとなど世の中から無くなるのではないでしょうか?
世の中は決まり通りに動いている。困りごとは、原因の結果。
それなのに決まりを無視して車線を変更したり、因縁果のプロセスをカットして物事が上手く出来るわけない。
良くなるためには、苦の元を調べずして、苦は解消しないし良くならない。
「ワシ(大自然)が何を言いたいか分かるか?先ずは、本物に出会い、学んでいかなくては、何も変わる(運命)ことが出来ないのである。
人は、色々な困りごと、悩みがあり、その苦があるから、またその苦を乗り越えることで「心」というものを磨くことが出来るのである」
「苦」とは、「心」が善くなる為のもの(手段、方便)でもある。
その「苦」は必然で起こり、乗り越えなくてはならないのであり、乗り越えることが、その者にあたえられた人生(宿命)なのである。
それが「大自然の法則」でもある。
「心」が変われば、求めずして苦(貧、病、争)は善くなる。
「心」を変えないと、いつも同じ結果で同じことを繰り返す。
「心」を変えるには、お金は不要である。これが本物の法則。
本物とは、古今東西、いつでも、どこでも、だれでも納得でき、年齢、立場を問わず実行可能で、同じ条件では絶対確実に変化、効果が出てくるもの。
お金が無いと出来ない、この身分の人しか出来ない、今しか、ここで(この場)しか等は、まやかしではないか?
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