「ご神示を忘れるようでは、学べていない?
あなたは、「大自然の法則」を学び、学んでいきながら、自分の中で気づいたこと、また法則を知って「ここは、考え違いをしていたなぁ」「ここは、改めていかなくてはならないなぁ」と、思うところがありましたか?見つかりましたか?
それに気付き、「ここにも…」「あんなことも間違っていた」「知らず知らずに人を傷つけている」など、次から次へと小さな罪(重障)を自分が作っていることを教えて頂け、その上、法に照らして改め方を教えて頂けるのが、この学びではないだろうか?
そして、「ご神示」(観応)すると方便に遇い、失敗や苦しみ(病)に遭い、自分の考え、行動、発言、心を変えていき、ご神示(絵姿)で「運命」を善に導いて頂け、善の実践を重ねていくことで罪障償滅(前世、今世)をさせて頂くことに繫がる。
そして本筋は、現下の生活(苦)だけでなく「魂磨き」(自分の業を)をするため、大自然から生(命)を与えられ存在している、今もこの世に存在させられているのである。
それが「大自然の法則」の学びなのである。
大自然は言う、「誰も間違いがあり、生きて居て他人を傷つけないことは難しいのである。そこで、間違いを認め、改められるか?他人を傷つけことに気付き、謝る心を持てるか?どうか?である」と。
「大自然の法則」を学びながら、「自分は悪くない」「自分は正常だ」「善人だ」と、欠点、欠落、欠陥、欠損部分について何も感じないのなら、さらにそれに取り組まないのなら、実は、全く学べていないのではないか?
それとも、他人の痛みを感じることが出来ない人間喪失なのか?諦めや鈍感なのか?のどちらかである。
法則を真剣に学べば、次から次へと自分の行動、発言、思い、考え、心の至らないことに気付き、どうしても「ご神示」「絵姿」をしなくてはならないようになっていく。
それに気付き、改めを始めるのが、本当の「心の学び」なのである。

コメント