「相手の気持ちが分からなければ、会話ではない?」
親(義理)と話す、夫(妻)と話す、子供と話す、また職場で話す、学校の仲間と話す、趣味のサークルの友達と話すなど、会話の中でお互いの言葉が行きかい、その言葉は耳に聞こえるだけで、見えないものである。
しかし、実際には形となって現れてくる。
人が発する言葉には、サイコロボール(喜怒哀楽、愛、悪:六情根)という感情が、必ず乗る(投げる)。
つまり口調(声の強弱、高低、)、スピード、言葉遣い(ため口、丁寧語、尊敬語)などに気持ちが乗っていることを、知っていますか?分かっていますか?
話す時に「ご神示」で、内容などをお伺いする形而上(法、時、処、才)も大切ですが、あなたの話す言葉の形而下的(思い)のことが、会話では大切な要素であることを分かっていますか?
例えば「親(義理)に対する丁寧な話し方」「夫を立て、気配りの気持ちを持ち」「子供には優しさ、寄り添い、言い聞かせる(躾)」「職場の上司には、敬意を現わす」など、そのことを踏まえて、なお四適に適わなければならないのである。
ここで気が付いただろうか?どこまでいっても、会話の善し悪しは、自分の元の感情の持ち方で左右されていくのである。
そこで、あなたが相手を良く(愛)思っているか?また、相手を好きでなはない、苦手で悪く(悪)思っているか?など、話す前から既に持っている感情も言葉に乗っていくことを。
そして人によっては会話が嫌(苦手)になったり、仕事の交渉が上手く行かなかったり、互いに誤解を生んだりという事が生じる。
大自然は言う、「そんな時は、まず相手を善く観察する。自分の感情は横に置いて、話す相手の言葉をよく聞く、話している内容の意味を、一つ一つ拾い上げるように聞くことが大事ではないだろうか?」
「また、言葉の意味が分からなければ、その時すぐに質問するなど、丁寧に理解することが「聞く」ということになるのではないか?」
「また、相手との意見(考え)が違う場合は、一度相手の意見(考え)を聞き入れ、受け止め。その後、自分の意見も話し出す。それが、本当の人間同士の「会話」というものではないだろうか?

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