「許す」気持ちを持っていますか?
私たち誰もが、物事や人間関係が上手く行く時もあれば、何か上手くいかない時もある等、日々の生活の中で、次から次へと色々なことが起こっています。
そこで、何故、上手くいかないことが起こってしまうのか?自分事として、自分のことを、見つめ直すことがありますか?
例え、自分だけが悪くないにしても、貰い事故のように巻き込まれたなら、やはり、どこかに非があるのではないでしょうか?
それが、形而上学でいう「さとり」で、実践に結びつける糸口である。
家族、仕事や学校での人間関係のトラブル、失敗など、誰もが、起こしたくはないけれど、それが起こるのは全て、原因の結果。
「させられている」からで、原因を追究し、改善しないと、向上はない。
中でも大きな原因に、お互いに感情が揺れ動くからではないでしょうか?
見て、聞いて、触って、誰も感情(心)の、喜、怒、哀、楽、そして愛、悪(にくしみ)が働き、重なって何かで嫌なことが起こる、起こったとき、やはり「怒」の気持ちになる。
そして抑えること、止めることが出来なくなり、怒りを表す時もあるのではないでしょうか?
「もう、一杯だ!」「限界よ…」など言っている場合は、まだゆとりがある。
本当に大変な時は言葉に出せない。
そこで、一瞬考えて、一呼吸して、「知らせだな?」「何だろう?」「させられたな」、そして「今、ここで、自分が試されている…」と、ベクトルは自分に向け、さらに視野を広げる(色々な角度、柔軟性を持つ)相手のことを考えるなど、許す気持ちを持てる(器を大きく持つ)ことが必要なのではないでしょうか?
私たち誰もが、「怒」の感情があり、その気持ちが起こらないためには「心を広く持つ」ように、「何か事情が有るのだろう…」と、状況を受け入れる優しさを持たなくてはならないのではないでしょうか?
それが、「許す」ことになるのではないでしょうか?
「許す」と「許される」、自分に返って来るのが法則です。