「実践するとは」
あなたは、他人からのアドバイス、そして親切な行為を素直に受け取ることができますか?また、聞くことが出来ますか?
そのアドバイス(絵姿)、親切な行為(掘り下げ)に対して、軽く考え「自分は、分かっている・理解している」「自分で出来る・必要ない」と考え・思い、直ぐに断わり、遮っていませんか?
そこで、なぜ他人が話しかけてくるのか?手を出してくださるのか?考えてみましたか?(何故、何度も絵姿に出されるか?も)
もしかして、他人からの優しさや思いやり等を、その人(大自然)の心遣いに気が付いていない、分かっていないのではないですか?
「大自然」は言う、「目で見る、耳にすることは、見さされている、聞かされているのである。しかし、自分自身が見さされている、聞かされていることに、気が付かないは『見る心、聞く心』がないからである」と。
要するに、あなたは他人からの、心遣い「心の温もり」を感じられないのである。
感じられないということは、「相手の心が分かっていない、理解できていない」ということになる。
それは、自分に心の温もりが無いからでもある。
「大自然の法則」とは、大自然の霊(観能)を受けさせていただき、「観応」(ご神示、絵姿)させていただく。
「観応」させていただいた後、嫌な事でも、些細な事でも、必ず「実践」させられるのは、また実践しなければならないのは、自分の「魂磨き」をするためである。
「魂磨き」とは、自分の「心を磨き(積善)」をしていくこと。
実践の時、相手の反応を色々と考え、こちらの出方、言い方を考え行動する。
時間をかけ、しっかり練り、しかし失敗し、面子が潰れ苦しむこともある。
こうして自分の心を磨かねば、人との心と心が結ばれない、そのために「心を磨き」をさせられる。
実践することは「苦」ではない、他人の心に触れるためである。(形而上の学びのため)
他人の温もりある心を感じられる、そして知ることで、また自分の人としての「心」が作られる。
そして、人と人とのつながりが持てる「心」を磨き上げ、来世に繋がるようにしていただける。
前世の「業(悪業)」を「善(善業)」に変え、来世につなげて頂くために。

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