2025年11月3日(月)「夫婦とは」

家族・縁

「夫婦とは」

昨日は、南草津での法座であった。
参加者の中には、夫婦での参加者、再婚者、離婚者、そして今から結婚しようとする者、結婚相手を見つけようとする者など、立場も年齢も様々であった。
その中で、人は「なぜ夫婦になったのだろうか?」「なるのだろうか?」
それは、お互いがお互いを好きになる、惹かれ合う、愛し合う、そしてお互いがお互いを「特別な人」と思い・考えるからではないだろうか?
そして、お互いがお互いの「心」(支え合う)を必要とするからではないだろうか?
結婚とは「新たな人生」の始まりである。
どの国の結婚でも神の御前に「儀式」をするのは、互いの結束を、神に約束するためではないか。
育った環境、境遇も違う二人が生活を始めると、お互いが本来持つ、性質・性格の姿を今まで知らなかった部分を見ることにもなる。
(長所、短所、相手の癖など)
そして、結婚と同時に今までなかったお互いがお互いを守る「守り合う(支える、補う)」ということが大切になってくる。
なぜなら、二人を育てて呉れた「家族(親族)」が結婚と同時に繋がっていくからである。
時に、それぞれの家族の習慣の違いが二人の間に立ちはだかる場合もある。
そこを互いがどのように助け、守り、乗り越えるか?
家族(父母)とは、健在であれ、死亡であれ、二人の後ろに繋がっている存在である。
結婚は二人の問題だからと言って、家族を無視し、逃れることは出来ない。
大自然」は言う、結婚とは二人(二家族)が持つ「業」を、互いが背負うことになる。
「業」を背負うとは、前世からの因縁をどのように自分たちが互いに乗り越えていくかである(ご神示)。
因縁を乗り越えていくためには、夫婦であるお互いの心を大切にし合う、どんな時もお互いがお互いを守り合う、そしてお互いがお互いを「信じる心」が必要なのである。
和合とは、合わす、打ち解けること。
互いの間に「大自然」のお力、お智慧を観応して頂くとスムースにいく。
そして夫婦とは、お互いがお互いの「心を育てていく」ものである。
あなたは、今夫に、妻に、心を育てるための「愛の水」を注ぐことを忘れていませんか?
夫婦の心は、育てていくもの、「愛の水」を枯らしてはいけないのではないですか?

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