2026年3月12日(木)「人の情を感じますか?」
誰もが、他人から褒められると良い気分になり、逆に非難される、貶(さげす)まれる、咎(とが)められる、謗(そし)られるなど、また言われたくない、聞きたくないことを言われると、反発し心が傷つく、嫌になる、怒りが出るなどにさせられる。
これらは、家庭や職場の人間関係の中で日常的に起こることです。
では、良い気分にさせられたから「善」なのでしょうか?嫌な気分させられたから「悪」なのでしょうか?
表面的にはそうですが、もしかしたら、逆の場合(真意)もあるのではないでしょうか?
形而上的には「何故、そのようなことを言われたのか?
また、「何故、聞かされているのか?
を考えなくてはならないのではないでしょうか?
また通常、気分が善くなることは沢山言ってもらえるが、相手を思って(善くなるように)本当のことを言ってくれる人(天使、僧)は中々居ない。
まして、あなたを思って言って下さるのは親(義理)、夫や妻、家族であり、友達、同志の掘り下げではないでしょうか?
「大自然」は言う、あなたは、相手の「まごころ(真心)」が分かりますか?
ただただ、あなたのことを思い、心から善くなることだけを「願う心」なのです。
そこには、偽りや飾りのない誠実な心、親身になって尽くそうとする気持ちだけがあるのです。
それが、「人を愛する
ということではないでしょうか?
この学びでは、双方がこのような心を目指し、また作っていかなくてはならない。
「人間の心とは、元来そういう心を持った者が多かったのである。しかし、今その清らかな心を持つ者が激減しているのである。人間は「情」があるから人間であるのである。その心を取り戻すには、この学び「大自然の法則」を忘れてはならないのである
(大自然より)
和衆の善き友とは、
成し難きを、善く為す。(ご神示で助け合う)
与え難きを、善く与える。(助言、忠言をする)
忍び難きを、善く忍ぶ。(慈悲、寛大、法忍、善意義解なるがゆえ)
密事を告げ合い、良き相談相手となる。(プライバシー保護)
苦難に遭いて庇(かば)い合い、捨てず。(相互扶助)
貧賤を軽んぜず。(家柄、教育、身なり、持ち物ではない)
悪事は諫(いさ)め合う。(勧善懲悪)
正道、正修道に互いに励む(同帰の同志)。
(当来佛:経典より)

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