「心を手向ける、ことが出来ますか?」
家庭や職場の人間関係の中でコミュニケーションをとっていると、喜んだり嬉しく思ったりすることもあれば、逆に傷つく(苦しみ)、怒る気持ちなどになることもある。
その嫌な思いをした時、誰でも「どうして、こんな事を言われなくてはならないの?」と、思うのではないでしょうか?
それが、大自然から与えられた「試練(苦)」なのであり、今、必要な知らせ(合図)なのである。
その時、物事を冷静に受け止めることは難しいのですが、「待てよ!」と踏み止まり、逃げないで、「原因と結果の法則
を考えることが、大自然の教えである「形而上学」(目には見えないが)なのです。
先ずは、自分の感情や視点を一旦、横に置き、「何故、言われるのか?」「何故、聞かされたのか?
と「矛先を自分に向け」考え、意味や理由を、大自然に観応して解いていくことが学びなのである。
そうなのです、自分自身が見るもの、聞くもの、感じるもの、全て自分自身に関係があることばかりが、身の周りで起こっているのです。
「何故、嫌なこと(苦)が起こるか?」それは、あなたが知らず知らずの内に行って来た行動、あなたの使ってきた感情の「結果」が、原因の結果として今起こさせているのです。
そこで起こっていることを修復するか?修復しないか?それは、自分自身の考え、生き方の姿勢にかかっているのです。
「修復しよう」「修復しなくてはならない」と考えれば、善い変化が起こる。
修復しなくても人生は進んでいく、しかし、何時かその責任は自分の肩に掛かって来る。
その修復のやり方、手順を学べるのが、この形而上学なのであり「大自然の法則」なのである。
大自然は言う、「大自然に対して「信」を持ち、霊(観能)を受け、観応させて頂くか?その生き方に、心をたむける(手向ける)かどうか?である。
法則を知るのも人生、知らずに、また無視して、逃れて、生きるのも人生。
何故、子供の進学のために、競って塾通いをさせるのか?
わが子に、より価値のある人生を歩ませるためではないか?
法則を学び、知り、実践すれば、それだけ価値のある人生が約束される。
誰一人として、「大自然の法則」から逃れることは出来ない。
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