「拘り、拘り過ぎるのは良くない?」
あなたは、あなたの考え方に一貫性がありますか?また、持っていますか?
相手に話したことを覚えていますか?過去、話した言葉(約束)に責任を持っているでしょうか?
言葉とは、例えその場限りの言葉であっても、言ってしまった言葉は消えない。
何気なく言ったことであっても、相手はその言葉に対して、期待するし、望みを忘れないことを知っていますか?
だから、安易に無責任なことは言えないのではないでしょうか?
言葉のサイコロボールを投げることにより、相手の心の感情、喜、怒、哀、楽、愛、悪(にくしみ)を動かし、それがまた投げ返される。
そして、あなたが放った言葉と言った内容に対する行動(実行)が伴わなければ、また話す度に内容が異なり、また異なっていけば、その積み重ねが相手に、周囲に不信感を持たせ、信用されなくなることを知っているでしょうか?
そのようなことでは、大切な人を始め信頼はなくなり、その人との繫がりは無くなり、人間関係も切れていくのではないでしょうか?
それに気付かなければ、あなたの周りには、夫、妻、子供、友人等、誰も居なくなり孤独になっていくことになるでしょう。
では、何故そうなのか?何故そうなったのか?
あなたは、自分だけが良い、自分は正しい事をしている、それに自分だけしか信用出来ない…、と思い込んでいる。(自己中心)
過去、嫌なことがあった、悲しいことがあった、あそこで酷い目に合った、辛かった、苦しかった…、そのことが忘れられない。
時々思い出す、それから、いつも離れられない。
何かに「拘っている」だから、反対に「一貫性」が持てないのではないでしょうか?
また、言った言葉を忘れ、その場限り、その場逃れの言い訳になるのではないでしょうか?
大自然は言う、「『拘り(執着)』というものは、現実を認められず、度を超すと一種の精神病になることがある(認知症と鬱病)」。
「それに気付き、早く治す必要があるのではないか?自分で治さなければ、親子関係、夫婦関係、友人など人とのお付き合いは難しいものになっていく」。

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