2026年4月16日㈭「人は心の癒しを求める?」

人生・幸せ

「人は心の癒しを求める?」

人は親(父母)から誕生し、育った地域、学校、職場など、また趣味のサークル、旅行などで訪れる場所で、色々な人との出会いがあります。
その出会いの中で、国際的な人間関係も出来ていき、友人、仲間、家族になったり、そこからさまざまな人生模様が起こっていくのではないでしょうか?
その人間関係には、人の好き、嫌いがあり、気が合う、合わない人がおり、関係が上手く行く、上手く行かない事がありながら生きていく。
時には、助けられ、助けて、守られ、守りながら、人の心に触れ、温もりや冷たさを感じながら、優しさ、厳しさとはどういう事なのかの感情を知っていくのである。
それを学びながら、「自分がどうあるべきか?」「どのような心の人間でありたいか?」を考えるために、この大自然の法則「形而上学」があるのである。
さて、あなたは、「人が求めるものは何か?」「人が何を欲しいのか?」知っていますか?
人口が増え経済が回り、生産が盛んになり、日用品や必需品、食品など物が溢れ、金さえ出せば物は簡単に手に入る。
コンピューターが開発されAI(人工知能)が考えてくれ、人間の生産、流通の仕事までも肩代わりできる便利な時代になった。
つぎに人は、日々何を求め、どこに向かって進んでいくのであろうか?
このままの生き方で善いものか?果たして人間の知恵や考えで方向を決め、また、それは正しい生き方なのであろうか?
古来、宗教、哲学、倫理学など人としての生き方を示す学問は多数ある。
しかしそこには、世を造り、動かす大本の「大自然」という根源に接し、大自然の「意図」を知ったり、日々の生き方を確認できる学問はない。
当然、「大自然の法則」に副った正しい答えは得られない。
人間は何を求めるのか?一体、何を求め生きたら善いのか?
大自然は言う、「人は心の生物である」「心によって生かされ、心で使われ、心で育まれている」だから「心の癒し」を求めるのが人間なのである。
人の心が癒され満足するには、「人の温もり」が必要なのである。
そのために、人が互いの「感情」をどのように使うのか?どう使うべきか?を学ぶのではないだろうか?
それが、心の人間学・「形而上学」である。

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