「人を大切に出来ていますか?」
あなたは誰から、何かを助言(アドバイス)された時、また家族、職場の人たちから「ここに注意して…」等、頼まれたり注意されたにもかかわらず、「分かっていたのだけど…!」「気が付いていたのだけど…(やってしまった)!」などと、思うこと、また言い訳をすることはありませんか?
また、「あの時、あぁしとけば良かった…」「(何かを)こうしておけば良かったのに…」と、酷く後悔することはありませんか?
ついウッカリしていたため重大な失敗をしたり、他人に迷惑を掛けたりすることがあります。
今、そのことを思っても時間は戻ってはきません、起こってしまった事を言っても遅いのではないでしょうか?
その時に出来なかったのは、物事の大事さが分かっていない、大切に思うことが出来なかった、そして自分の考え方に甘えがあり、「何とかなるだろう!」と、物事を軽はずみに思って来たからではないでしょうか?
そのような考えを持っているのなら、常に「させられている(諸法無我)」、何もかも「意趣の所産」、物事は「必然性」という原理原則の考えはないし、「ご神示」も抜けていたし、思いをこめて心から「ご神示」を立てて、お伺いしていなかったのではないですか?
その上、自分中心に物事を考え、自分の都合の良いように、親(義理)、夫や妻、子供などの家族、職場の人たち、学校の仲間、周りにいる人たちなどを、動かそうとしてきたのではないでしょうか?
そのような生き方では、アドバイスをもらっても、注意されても、ただ聞いているだけで、聞き流してきたのではないですか?
大自然は言う、「何故、自分に言われるのか?」「何故、今聞かされるのか?
を考えなくてはならなかったのではないか?
そしてもう一つ、問題は「人を大切にする
気持ちが無かったということである。
他人の話が聞けるというのは、生存するための大切な能力で、人は人と関わって、人のお蔭で、人のために生きている動物だから、人の発言は無視できないのだ。
さらにその人の後ろには「大自然」が控えておられ、大自然から「言わされている」、大自然に「使われている」という真実があるからだ。
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