2026年3月18日「人間としての、心はありますか?」

人生・幸せ

「人間としての、心はありますか?」

あなたは、人が「善い」と言うことを真似てみたり、試してみたり、また何か目的を持って、下心を持って、実行したことはありませんか?
何かプレゼントを送る、LINEで言葉を送るなど。
例えば、その「善い
と言われることを、親(義理)、夫や妻、子供、そして職場の人たち、学校の仲間、周りにいる人たちなどに試した所、喜んで頂けたとします。
その「善い」と言われることを、「今も続けていますか?
「いつまでも、続けて行くことが出来ますか?
「続けるのは難しいのではないですか?」
そうなのです、人から言われたから真似てみた、試した、それでは自分自身の心(本心)が伴っていないので、心からではなく、一時的なことなので、化けの皮は剝がれていく。
その人にとっては善いことだったのだが、自分が続けて行こうとすると、自分自身の心が疲れるなど、自分では気づかない無理な頑張り(負担)になるのではないでしょうか?
また、それは行動や言葉だけが先行し、練って、自分の物にしていないから、自分の「感情
や「本心
がそれに追いついていなかったからではないでしょうか?
他人に何かをさせて頂く、させて頂けるというのは、自分自身の心に「ときめき」「喜び
を感じなければ、持続出来ないことなのです。
真心を持って行っていないからなのです。
相手の反応よりも、自分自身が、真心でするワクワク、ドキドキを楽しめるから、また何時も相手のことを思い、喜ばせたいと考えているから出来ることなのです。
大自然は言う、「人のために何(喜)かをさせて頂くことに頑張れるのが、人としての姿、また「人間の心」なのではないか?その心が失われているのが、今現在である

自分、個人のためにだけ考え(学び)、動く(仕事する)。
自分の儲けや喜びのために、誰か(何か)を利用しようと考える。
こんな人が増えている。

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