「懴悔とは」
あなたの前で何かが起こる、その時、見えていた、また今、その様子を注意して見ている。
それが真実であると思い込み、自分が見たことだけで善し、悪しを判断していませんか?
また、人伝えに(職場の上司、仲間など)聞いたことを鵜吞みし、確かめもせず、聞いたことが間違いないと思ってしまうことはありませんか?
問題が起こって、自分に見えていること、自分が聞いたことだけで、自分の考えで物事を判断する、それだけで本当だと信じてもよいのでしょうか?
それでは、正しく判断し、正しく物事をするための要素が少なすぎるのではないですか?
相手はどうなのか?周囲の人はどう思っているのか?そのことを考えてみましたか?また、相手の意見を聞いてみましたか?
今、起こっていることには、全て前(過去)がある、何か行ってきた積み重ねが必ずある。
したがって、今だけを見るのではなく、過去に遡り、何があったのか?何をしたのか?原因を探して追及し、そのことで今の現実と向き合い、内容を知り対策していかなくては、根本の解決のための糸口は見つからないのではないでしょうか?
その発端は人の心であり、紐解いてみると、痛み、苦しみ、怒り、そして恨み、憎しみ、嫉妬などが重なっていて、多くの負の感情に膨れ上がるのではないでしょうか?
人は、誰もが正しいことをしよう、正しく生きたいと考えている。
しかし、業を持ち、貪、瞋、痴の三毒を創り、煩悩が能くために、また自分の我を通すために罪を作り、それが親(義理)、夫や妻、子供、そして兄弟などの家族、または周りいる人たちから良く思われないようになるのではないでしょうか?
そして決別、離婚、また退職などに繋がるのではないでしょうか?
あなたにも今、大自然からの「戒」で苦があるかもしれない、それは、あなたの行いの積み重ねで、自業自得ではないでしょうか?
そして罪に気付き、罪を知って、「謝罪」し「罪を償う」と、簡単に言うけれど、罪の重さを知ればたやすく「懴悔します」なんて言えないのではないでしょうか?
謝罪も償いも、まして懴悔はそう簡単ではない。
人間は認めても、大自然は認めない。根本から自分が変わらなくては、出来ないことである。
大自然は言う、あなたは、自分を変えられますか?変えてみせますか?
あなたが変わらなくては、本当の懴悔にはならない。
そこに、答えがあるのではないでしょうか?
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