「宿命は、家族(自己の住位)と生きる」
私たちは、家族のお蔭で、この世に誕生することが出来、(家族に)育てられ成長させて頂いた、その「恩」を忘れ、その上「感謝」の気持ちを無くしている、次第に持たなくなってきているのではないでしょうか?
それより人様の家庭と比較して、親に対して「あぁして欲しかった!」「こんな事、して貰っていない!」など、不満を持っている、また中には今も恨みを持っている人も居るのではないでしょうか?
「父は、こうだった」「母が、こんなことをした、許せない」「祖父母が…」等、当時、それぞれの事情も知らぬ、分からぬままにである。
そのように、過去のことに縛られ、いつまでも執着を持ち続けていることが、自分の人生のマイナス運命を自ら作り、自分や自分の周りも損をしたり、させていることに気が付きませんか?
自分の宿命(宿業)の下に、宿命(宿業)に合ったような、父母、祖父母を与えられこの世に誕生した。
それは、「魂磨き」をさせて頂くためで、「家族」を選ばされて、この世に誕生させて頂いている。(諸法の原理原則より)
大自然は言う、「お前の持つ『業(宿業)』に対して、最高の宿命(家族)を与え、この世に誕生させた」と。
その与えて頂いた「宿命(家族)」ではあるが、「心(感情)」の考え、思いは、自分が感じて、創られて行くものであるから、「感謝か?」「恨みか?」「満足か?」「不足か?」どの様に感じるか?感じたいか?また逃げるか?
その感情(心)をどの様に使うか?は自分自身が決めることが出来る。
大自然の道理が分れば、心(感情)が、コントロールできる。
「心で(宿命を)どうのように受け止めるのか?」それが、運命の分かれ道ではないでしょうか?
運命を、そして自分の人生を「善くするのか?」「悪くするのか?」を切り開いていくのは、大自然から私たちに任されている。
「善く」するためには、手段方法がある。
それは「大自然」が直接説かれた法則(道理)を学び、また「大自然」を信じることではないだろうか?
そして、魂磨きする場が、与えられた宿命(家族)なのであることに気付かねばならない。(自己の住位)
もう一度「家族」を見返すと、運命の転換になるのではないだろうか?