「自分自身の感情を味わう?」
私たちは、常に物事が上手く行くように、人間関係が善くなるように、そして自分が嫌な思いをしないように…と、考えていませんか?
当然のことですが、そのために「何をすればよいのか?」「どの様なことに注意しなければ、ならないのか?」等を考える、しかし、上手くいかない、思ったように成らないことはありませんか?
なぜなら、それは自分を中心に考え(人知)、自分の価値観や自分の都合、経験で思い通りにすることばかり(我慾)を考えて、発言したり、行動したり、さらに会合や仕事等の計画を立てるからではないでしょうか?
今では、「個性の尊重」と言われ、過剰に「自己主張」して、自分だけが良ければ善いのでしょうか?
実は、そのように思う人が増えて来ているから、互いの考え、都合がぶつかり合い、上手くいかないことが起こるのではないでしょうか?
人間は「衆の中の個」、個の行動は衆の中で規制され、分の限界というものが有る。
また「連の個」として、過去、現在、未来の時間的な繋がり、前後、左右の空間的な、人、物の繋がり、影響を無視できないようになっている。
やはり、互いが、一歩下がって、他人に対して善い影響の「喜」を上げられるように、また貰って頂けるように考えることが、一番に考えなければならないことではないでしょうか?
そのためには、まず相手に注意を払う、相手の意向、気持ちをしっかり聞かないと、「何を?」「どう?」「するのか?」が、分からないのではないでしょうか?
それも「当たり前の心」で「心遣い」「気配り」ではないですか?
今、自分の事より相手が嬉しくする、他人が喜んでいるところを見る、等そのような光景を見て、自分自身の心が「善かった」と思う感動を感じることがなくなってきているのではないでしょうか?
災害ボランティアが流行るのは、「他人の嬉しい」を感じたいため、という説もある。
大自然は言う、「何故、人を怒らせてしまうか?」「何故、ぶつかり合うのか?」ということが、分かっていないのではないだろうか?
だから、人に「喜」のサイコロボールを投げることが、少なくなってきているのではないか?
それには、自分と「合わせ鏡」の状態として考えてみる。
自分自身が、どんな時に嫌な思いをするか?反発するか?怒りが出るか?を味わうことが必要ではないか?
逆に、どのようにされたら嬉しいのか?を考える。
そうすると、相手の気持ちが分かって来る。
少なし相手が嫌がること、困らせる事を少なくする。できれば無くする。
「相対の相」の法則である。