「努力をしますか?しませんか?」
あなたは、「大自然の法則」と出会い、この学びが「唯一無二」のものであることを知り、分かることが出来たであろうか?
そして、法則に触れた瞬間に、自分自身が心から知りたい、学びたいと心が求めていますか?
この学びは、自分自身が必要としないと「ご神示」は身に付かない、また「絵姿」を求めることはなく、(大自然に)お伺いしたいとは思わないのではないだろうか?
今、自分自身の周りに起こっている現状を、「なんとかしたい、変えたい!」「少しでもいいから、善くしたい!」など、望む心を持ち、日々の努力を買っていく気持ちになり、変えたい気持ちに目覚めなければ、変えることは難しいのではないか?
大自然は言う、物事を少しでも善くしたいならば、「あぁでもない、こうでもない」「どうすれば善いのだろうか?これは駄目、あれも駄目」と言うように、自分自身で色々と模索して(実践)、分かっていき、掴んでいくのではないか?
なぜなら、今悪い状況に置かれているとしたなら、原因は自分自身にあるのだから、相手が苦しんだ分、自分自身も「苦」を味わうことになるのである。
しかし、何もしなければ解決することなく、永遠に変わることはなく、悪くなることはあっても善くなることはないのである。
これを読んで、少しは「法則」がどのようなものか、分かっただろうか?
言っておくが、「大自然の法則」が存在していることを知っても、知らなくても、善いことをすれば善いことが起こり、悪いことをすれば悪いことが起こる、それは平等である。
平等であるからこそ、「大自然の法則」の存在を知ることがどれだけ大切なことか分かるのではないか?
問題を解決するには、必ず大自然の力・智慧が必要だからである。
(目には見えないものであるから)


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