「話すことは、難しい?」
あなたは周りにいる人たちの中で、何か事が起った後で、親に、夫や妻に、子供に、そして親族に、職場の人たちに、学校の仲間に、「あの時、言っておけば良かった、こんな事になるのならと、後悔することありませんか?
逆に、「あの時、聞いておけば良かった…
「聞ける時間、タイミングはいくらでもあったのに…」、など悔やむことはありませんか?
特に、その内容が重要なことの場合など、その人が亡くなってしまってからでは、悔やんでも悔やみきれません。
自分の中では、家族に、他人に(親しい人など)対して、「言わないと!」「聞いておかないと!」と思っているのに、何故か出来ない、言いそびれる、聞きそびれてしまう。
また自分の心の中の勝手な考え、思いが邪魔をする、ふと「大丈夫、何とかなる!」と思ってしまう、考えてしまう。
そんな考えだから、なかなか機会が与えてもらえない。
そんな時に限って、何か不具合、不都合なことが起こることは、ありませんでしたか?
やはり、肝心なところで、話しておくか?聞いておくのか?の「ご神示」が抜けているのではないか?
「大自然」は言う、「普段の話し、会話が足りない!
と。
前の段階で家族に対して、相手に、普段からの心が繋がっていないから、何か・どこかに遠慮があり、素直な気持ちで話せていないのではないか?
そして、「話さないとならない」「言わないといけない」と、思っているだけでは、相手には分からない、伝わらないということである。
意外にそうことに誰もが気付かない、分かっていないのではないか?
「話す
とは、会話であり、家族、そして他人に、自分自身の「心の意志」「心にある気持ち」など、「相手に対する気持ち
など、肝心なことを言わないと、いつまで経っても深い内容の話は互いに出来ない。
それでは心と心が繋がってはいかないし、本当の和合が出来ないから、共同生活や作業も効率、能率が上がっていかないものだ。
さて、自分ではタイミングや場面が分からない時、困った時、どうすべきか?今言うべきか?を「ご神示」でお伺いが出来ることを、忘れないように!
「大自然」に素直に御すがりするのも大事なことだ。
もちろん普段からの細かいご神示も大切である。


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