2026年2月11日(水)「心は守もられている?」

人生・幸せ

「心は守もられている?」

あなたは、今、自分が行っている全ての言動(発言、動作)が、後に自分自身の身に降りかかってくることを、分かって行動していますか?
もし、他人を助ける・救うなど、心が温まることをしたならば、自分が困った時に、見知らぬ誰かに助けて頂けることもある。(大自然の操作による)
逆に、他人の心を傷つける、また事故で相手を怪我させる、金銭問題などで困らす、騙すなどの犯罪行為で、恨み憎しみをもたれる事件を起こしたり、それが例え、人間の法(律)に触れなくても、大自然から必ず「罰(ばち)」「戒め」を与えられるのである。(四知の則:天が、地が、他が、我が知る)
大自然は言う、「大自然の法則」では、善でない事、悪には、人は気付かないが、必ず何かの「戒(いましめ)」がある。
事件、事故、病気と自分の悪事(悪心)の繋がりが、分からないだけである。
また「心と病気の関係は100%」(大自然
つまり、癌、心臓病、免疫疾患など、あらゆる病気は、「心、考え方が原因」である。
また、応報とは、行ったその人に返って来なくても、家族や一番大切な人や物に跳ね返って来るものである。
「戒め
は、自然法(道徳)に基づく「大自然(神佛)
による調整、制約、制限、そして裁きで、戒めは「大自然
が下される。
(自然調節制御作用、歪の矯正の一つ。「天網恢恢疎にして漏らさず」)
その方法は、四苦八苦、貧、病、争などである。
人間が、知ってか知らずか?悪に向かおうとした時、自らが慎む、控える、用心し、警戒するように、考えや発言行動を制限させるためであり、さらにその結果を、善悪の基準で「大自然
が評価され、時に罰して、均等に整えられるのである。
何故、「戒」があるのか?善をさせるためであるし、人間がこの世で生きるために、各人が「平等」に扱われるためである。
(結果の平等ではない。結果は努力により変化する)
人間は、十人いれば十人、百人いれば百人の性質・性格、能力がすべて異なっている。
その中には、心の弱い者、心の強い者など、色々な者が居る中で、安心して、安全に、希望をもって生きるために、一人ひとりの「心」を、大切に守るためでもある。

コメント

タイトルとURLをコピーしました