「自分の真の姿を知る?」
「大自然」は言う、「ご神示(お伺い)」を、皆がどのような「心掛け」で立てているのだろうか?
「大自然」の力と智慧に、「全てを、お任せさせて頂きます」と心に念じた上での、「ご神示」になっているだろうか?
例えば、「大自然の法則」が、このように書かれているから、このように言われているからなど、「良い」「便利だ」「楽だ」と思わされ、ただ、単純にそれを真似る者が増えている。
良いと思うこと、そしてそのまま真似るところに、既に人智があり、「このようにすれば(仕事が)良くなる」「(自分を)良くしたい」という下心があるのではないか?
そのような下心を持って「ご神示」するのではなく、自分自身が心から「そのようにしなければならない。
だから「そのようにさせて頂きたい」と思い、考え、練ることから「ご神示」は始まる。
物事に対する自分の思いが、四適(法、時、処、才)に適っていて、だから「このようにさせて頂きたいのですが?」と考え練り、また相手が居るなら相談をする。
そこで初めて、「ご神示(お伺い)」になるのではないだろうか?
「大自然」は言う、「ご神示(お伺い)」をする時「あなたの我、慾、面子などは、捨てていますか?
と。
自分自身が善くなりたいという気持ちは、既に大自然はご存知である。
大切なのは、「大自然」を心から信じ、お任せしてお伺いして、その結果、「何々しなさい」「何を示されているのか?」と自分の考え、思いとの差を解いていくのである。
時には反対を教えられ、時には遠回りさせられることもある。
そして裏の裏が出ることもある。
その積み重ねの結果として善くなっていく、意に適うように、またそれ以上の状態に導かれるのである。
解くことが、また自分自身の「真の姿(業、癖)」を知ることにもなる。
そして、自分自身を知るので「魂磨き」が始まるのである。

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