「先ずは、自分の非を認める?」
あなたは、自分にとって、不都合で善くないことが起こった時、直ぐに「誰かが悪い!」「あの人の責任だ!」「相手が悪いからだ!」と考えていませんか?
一方的に相手を責める考えや態度になっていませんか?
あなたは、「自分は悪くない!」「一生懸命やっているのに!」と、自分に非があることなど全く考えない。
そして「悪かった」としても認めることが出来ない、言い訳ばかりではないですか?
果たして、「完璧(心、行動、発言)な人間」って、世の中にいるのでしょうか?
家族の中で、夫婦の間で、友人、職場の中で、問題が起これば、いつも誰か?何か?の責任にして、自分は責任逃れをしてしまう。
それでは、今よりも状況は悪くなっていくばかりではないですか?
ここがダメなら次へ、この人がダメならまた次の人へ、この職場がダメなら次の仕事へ、この家族がダメなら次の家族へ…と。
問題の原因は何で、原因の解消はどうしたら善いのか?は、放置されたままですね。
だから、例えそのことから逃れられとしても、また同じことが起こった時、果たして上手く逃れられるのでしょうか?
今度は、相手から、家族から、そして世間から「愛想を尽かされる」ことになり兼ねないのではないですか?
悪因悪果、原因の結果、因果応報、因果業報、自分がして来たから、自分に返って来たとは考えられませんか?
大自然は言う、どんなことも、長い間の小さな積み重ねが「結果」になっていくのではないか?
「善を積むか?」「悪を積むか?」それは、日々の心の使い方であり、サイコロボールをどのように投げるか?である。
「喜、怒、哀、楽」その投げる一つ一つの感情が、相手の心に(見えないが)一つ一つ積み重ねられていき、仲良く出来たり、喧嘩になったりしていくのである。
物事は、一度には起こらない。「300・29・1の法則」通り。
もしそれが夫婦、家族となれば、どうなのか?どうしたら善いのか?
自分が変わるべきではないか?を考えなくてはならないのではないでしょうか?
あなたは、人の心を「ぬくもり」を持って家族に接していますか?


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