「大切なものとは、何ですか?」
自分がやってきた、行ってきた事が、今頃になって困ったことになる、親族の問題が表面化する、金銭で相手の迷惑になる、また仕事に支障が出る、仕事が行き詰まる等、どうにも出来ない状況になっていることはありませんか?
そのような時、初めに「何故、このような状況を招いたのか?」「何故、起こってしまったのか?」「何故、未然に防ぐことが出来なかったのか?」をしっかり思い返し、考えましたか?
そして、自分の「何が駄目だったのか?」「何が悪かったのか?」気が付きましたか?深く考えていますか?その結果、何が原因か分かりましたか?
それは、法則の通り、自因自果、自業自得で、自分の考え、行動、発言がもたらした結果です。
では、その原因はどこに在ったのでしょうか?
そうです、あなたが気付かず、本当はかなりの自己中心的で、全て周囲を軽視し、自分の知識、能力に自惚れ、根拠がないのに将来は上手く行く(軽視、安易)という過信をしていた。
そのような「慾の塊
により起こった結果ではありませんか?
その上、自分を最優先に考え、周りにいる大切な家族を顧みず、他人の言っていることに耳を傾けず、聞き流すなど、傲慢であったのではないですか?
そのようにしてきた、今もすることで、親(義理)、妻(夫)、子供、そして信頼する兄弟や友達等、人の心を踏みにじってきたのではないですか?
だから、人(親族、友人)が傍から離れて行ったのではないですか?
それが、大きな警告だったのではないですか?
大自然は言う、まず何が大切なのか?まず何をしなくてはならないのか?何かに執着してしまって、自分の役目・役割(住位)を全く知らない、分からなかったのではないですか?
だからといって、人の心を傷つけても善いのだろうか?それは「大自然の法則」ではないのである。
当たり前、常識的なことが判断できず、実行も出来て居ない。
では、今からどうしたら善いのか?
それは「懴悔の法」で「過去の罪障を悔い改め、二度としない事。さらに償いを行う」(当来佛)である。
形而上、下両方の視点から原因追及をし、形而上、下両方の視点で償いを行わなくてはならない。


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