「信の心とは」
私たちは、家族の中で話す、また仕事に行く、学校に行く、趣味のサークルに出かけるなどで人と接するとコミュニケーションは必要なものです。
会話すると、サイコロボールを受け取る、また投げるなど感情が行き交っていく。
その時、「ご神示」は欠かせないないですが、あなたは相手に対して、「心に誠意」を持っていますか?
「誠意」とは、私利私欲を離れ、嘘偽りなく真心をもって、真剣に物事や相手に対して取り組む気持ちです。
つまり、真剣に相手に接し、相手との関係で物事の状態を善くするために考える心の姿勢です。
その気持ちを持って接したなら、言い難いことであっても、相手に対して言わなければならない時が、避けられない事が必ず有り、起こってくることがある。
そんな時あなたは、一時的に良い顔をするために、その場逃れで噓偽りを言いますか?
それとも、その人に嫌われたとしても「誠意」のあることを言いますか?
しかし、それは直ぐの結果ではなく、未来の関係がどうなっていくかの分かれ目になるのではありませんか?
何故なら「大自然」が、見て、聞いて、知っていて未来を采配、処置するからである。
誤魔化したら、誤魔化される。嘘をついたら嘘をついたように、騙したら騙したように、大自然は物事や人を捌(さば)かれるからである。
目先で上手く物事が処理できたようでも、将来行き詰まる。
大自然は言う、人に対しても自分にも「真実の真心」を持つのが、本当の優しさではないだろうか?
そして、心には「素直さ」が必要なのである。
心の素直さが、「真実」を生み、物事の善悪の価値を生むからである。
嘘は嘘を生む、誤魔化しは誤魔化しを生む、「真実」に勝てるものがないからである。
それが、人間としての「信の心」なのである。
「信の心」があれば、本当の事が言える。
*信とは、信じる心、迷わない心、真実の心、本音、本当の心。


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