2026年4月2日(木)「思いには、限界はない!」

人生・幸せ

「思いには、限界はない!」

あなたは、親(義理)や夫や妻、子供、そして兄弟に伝えなくてはならない、相手にとって必要なことを、必ず言えていますか?
欠点、癖や物の言い方、態度、出過ぎた行動など、気付いたままで放っていませんか?
また言い辛(つら)いことを後回しにして、言わなくても良い余分なことを言って、そのことでお互いが気まずくなり、言えないままに時間が過ぎて居ませんか?
同じように、職場の人たち、学校の仲間、趣味のサークル、勉強仲間などにも、言わなくてならない肝心なことを言えなかった、言いそびれたことはありませんか?
そんな自分の性格をどう考えますか?優柔不断、自己弁護、面従腹背、危険回避の卑怯者と思いませんか?
特に、形而上学の学びでは、同志による絵姿の掘り下げ、法座中に聞き逃したこと、勘違いしている事、追加のご説法など、「言って上げようか?」「言わなくてはならない」と思う事が有ります。
反対に「分限や立場を超えてはならない」等の自制作用もあります。
その言えない時に限って、何故かその人が問題を起こすきっかけになり、「あの時に、言っておけばよかった?」と思い後悔するようになるのではないですか?
では、どうすれば良いのか?自分は要らぬお節介をしようとしているのか?
「勇とは、私利私欲が有ってはならない」(当来佛)
そんな時、自分の勝手な思い込み(怠慢、面子)があり、「また、後で言えばいいわ!」「言わなくても、分かるわ!」「知らせが掛かるよ!」「嫌な顔をされたくない」などの自己判断をしてしまい、「必要?」「
必要?」の「ご神示」を忘れている時ではないでしょうか?
そして、実行するには相手の状態、心を考えて「言い方」を考える必要がある。それには「信」が最も大切です。
大自然は言う、人と人の繫がりを大切にしていくことに対して、「ここまですれば、良い!」という心の出し惜しみが、そういうことを起こしていくのである。
「心遣い」とは、相手の「喜」のためにさせて頂きたいと自分自身が思うことであり、それは、どこまでも、いつまでも、限りないものではないか?
それが、「愛」ではないか?

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