「お応え」を大事に受けていますか?
あなたは、自分が今から行うこと、自分が考えていること等、発言や行動に移す時に、必ず「ご神示」をしていますか?
そして、その行い、考えなどは「形而上の法則」を基盤にし、形而下の当たり前(常識)の考えを入れて「ご神示」をすることが出来ているでしょうか?
特に、人生の進退を決める重要な判断の時など、素直にご神示を頂こうとしていますか?
なぜなら、もし「大自然」への疑いや自分の勝手な考え(我)、何かに固執(慾、面子)した考えを持っていると、「ご神示」のお応えに対して、「本当にこれで大丈夫なのかな?」など、少し疑う気持ちを持ってしまうことになるからである。
また、頂いた「お応え」通りの発言、行動が出来なくなることになる。
ご神示で「お応え」を頂くのは「今、実践する」ことに意味があり、後では実践をする「時を逃す」こともあるのである。
時(チャンス)を逃せば、運命、人の生死に関わることもある。
そこに、「大自然」に対する「信」が必要であり、「必ず遵(したが)おうとする決意と素直な心があるかどうかを問われるのである。
ご神示の「お応え」とは、ご神勅、ご神託であり、通常、ご神勅は斎戒沐浴して身を清め、神前において神降ろしなどの手続きを履み、初めて頂けるものである。
しかし、この形而上学では、実在を認め、願えば、誰でも普遍平等に絶対確実な「お応え」を、何度でも頂けるのである。
それだけ、「大自然」の方から、信じる者への霊観能(能き)を強くして頂いている前代未聞の状況なのである。
大自然は言う、ご神示とは、人生の運命を変える、また変えて頂く大事な「教え」であり「導き」なのではないか?
考えを改め、真剣に取り組み、お伺いしなくてはならないのではないか?
自分や家族、相手の過、現、未の全ての状況を見通して、最適で最善の「お応え」を頂いていることを忘れてならない。
「善(至善)」の導きを与えて頂ける、有難い「お応え」を、直接、直ぐに頂いているのである。

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