「家族の一員であることを、忘れてはならない」
あなたは、嬉しいことや仕事の成績が善かったこと、就職が決まったこと、大学に合格したこと、など喜びを感じた時、嬉しくて親(義理)、夫や妻、子供など家族に話す、また直ぐに連絡し伝えたことはありませんか?
そうなのです、家族の一員であるということは、自分の行いは自分だけが善いのではなく、家族と楽しい会話が出来、喜びを共有することがあるのではないでしょうか?
逆に、家族の一人が事故で怪我をしたり病気なると、全員の生活のリズムが変わることもあるのではないでしょうか?
互いが、善悪の運命を共有する「運命共同体」である。
朝のチョットした夫婦の言い合い、喧嘩が、職場での争いや交通事故を招くこともある。
主人の職場での短気、暴言と子供のその夜の夜尿症(膀胱:暴行)が関係することもある。
形而下では分からない繋がりだが、そこには思いが心に残り、また表情に出て、動作や注意に反映し、それが職場や仲間に通じて、一日、関係のない相手と嫌なつながりを生じてくることもある。
善いことも、悪いことも、一人に何かが起こると、家族全体に及ぼす影響があることを、意外と気が付かない、分かっていないのではないでしょうか?
(借金、争い、入院)
それを、「衆(集)の中の個」「連(続)の中の個」という分限の法則である。
大自然は言う、家族という集団の中で起こる一人ひとりの行いは、自分だけの善、悪の行いでは終わらなく、なんらかの形で、家族にも影響が及んでいくのである。
だから、繋がりは切れない、また責任が問われこともある。
しかし、善い面は家族の繫がりがあるから助け合い、力をあわせ協力し合うのではないだろうか?それが、家族というものである。
あなたは、家族がどのようなものであるか分かっただろうか?
だから、それぞれが家族として役目・役割は逃れられないし、法則を理解すれば、自らや責任と使命を果たさなくてはならないと考る、また、考えを直すようになれば本物ではないだろうか?


コメント