2026年6月19日(金)「ご神示」は大自然から貸して頂いたものである!

学び・実践

「ご神示」は大自然から貸して頂いたものである!

あなたは、「大自然の法則」を自分に良いように考えたり、その上、ご神示を自在に「使う」、自由に「使いたい」と考えていませんか?
一度手にしたからには、「自分のものだ」と考えて居ませんか?
そして「大自然の法則」の傘の下にいれば、いつでも、どこでも、どんな時でも守られている、救われるなど、間違った考え方をしていませんか?
人生で一番安全な保険のようなものに、無料で入っているような気持ちでいませんか?
一面の真理ではあるのですが、「大自然」と言う、とてつもない相手から、お借りしていることを忘れて居ませんか?
大自然は、ご神示を貸し出される時、何も条件はお示しになっていないが、その「条件」とは、こちらが法則を学ぶ中で、身に付けて、磨いていくものである。(教典「ご神示」参照)
だから、法座(勉強会)に出席して、体験を聞いたり、質問したりしないと、取り上げられる結果になるものである。
霊観応(ご神示、絵姿)の力は、お借りしているもの、預かっているものだから、持ち主の意向(御意趣)を抜きにした時に、返納しなくてはならないし、大自然が勝手に取り上げられるものでもある。
かつて、取り上げられた例は多数ある。動かなくなる、絵姿が出なくなると「神から見放されてしまった…」「もう終わりだ」と、これ程の不安はない。
そこで、「何のために、貸してくださっているか?」「何のために、奇跡的なことが起こるのか?」を、常に考えなくてはならない。
人の心の中の感情は、善があり、悪があり、どちらを選択するか?それとも、答えが分って選ぶなど、さまざまな選び方がある。
そのような「我」「慾」を持って、占い、神頼みのような、何かを当てる気持ちで「ご神示」をする、「法則」に携わっているから「思わされている」ことなどについて勘違いする等。
入り口(考え)を間違えると、出口(結果)が違ってくる。
大自然は言う、ご神示をさせて頂くときは、「我」「慾」を捨て、「お応え」を受け取る心が必要なのではないか?
また、自分中心の考え方(慾、我、面子)を捨て、どのようにさせて頂けば「善い」のかの教え(ご指示)をお伺いするものではないか?
「ご神示」を私物(所有物)のように考えているようでは、正しい「お応え」は出ないことに気付かなくてはならない。
そして、心を改めていかなくては、いずれ「ご神示(絵姿)」は出来なくなることを知らなければならない。
また、ご神示をしなくなったその時、あらゆる「自業」の返還、返却が行われるのである。
大自然は「元に戻るだけ」と仰せになっている。

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