もうひとつ上の、「ご神示」?
あなたが「ご神示」をする時は、いつも困ってから、悩んでから、何かが起って(トラブルなど)から聞くことが、お伺いすることが多いのではないですか?
「大自然」は言う、過、現、未を知っている大自然に、最初から何故「ご神示」を立て聞かないのか?と。
やはり、まだまだ「ご神示」が抜けていると、思わないか?
嫌なこと、困ること、悩むことなど、家族、そして職場の人たち、学校の仲間、周りに居る人たちなど、との間で、感情のサイコロボールが絶えず飛び交っている中で、何も起こらないようにすることは難しいのではないか?
家族、そして他人との、ほんのわずかな言葉の行き違い、態度などで、お互いがお互いに嫌な気分になることなど、日常茶飯事に起こる。
そのようなことが、起こらないようにするには普段からの「ご神示」が抜けている。
また相手のことを、分かっていない、見ていないからではないか?
やはり「ご神示」するにも、他人の情報の収集と、性質・性格と、法、時、処、才に適う必要である。
色々なことを、頭の中に入れ、相手の気持ちを考え、練り、そして「ご神示」をする、お伺いする。
それが、「ご神示」である。

コメント