「執着を取る」
あなたは、自分自身の心の中で、「何か許せないこと」「何か忘れられないこと」など、いつまでも思い続けていることがありますか?
「怒られた」「裏切られた」「騙された」「盗られた」「脅された」…等、負の心である。
そのいつまで心にある事を、心に持つ、持ち続けることによって、自分が物、金や人へのこだわりを捨てられない、それが「執着」になるのである。
執着とは、人、モノ、コトに心がとらわれて離れられない状態を言う。
「あれが欲しい」「あれがしたい」「こうあればよい」「私は正しい」などの慾も執着である。
子供の頃に経験した、不安、不満や恐れ、虐めから相手に対する恨みを持つなど、また過去への固執(栄光・失敗)、恨み、金銭問題などから、忘れられない思いを、今も持ち続けている。
これらに囚われ、すがり生きて居る人が多い。
大自然は言う、「執着」を持ち続けることにより、生きている時間が、その時から止まったままの状態で居ると、それこそ人生の無駄ではないか?
そして、「執着」を持つことにより、自分の考え方が変えられない、それが自分では気がつかない、分かっていないが、視野を狭め、考え方を間違った方へと導いているのである。
「執着」を捨てる、捨てないと、何もかもが過去のまま。
世の中は輪廻流転し、常に無常、また万有は新陳代謝作用をする。
あなたは、今「大自然の存在
「法則」を知ったのである。
大自然の霊(観能)をいただき、観応させていただく、「ご神示」をさせて戴き、善を創り運命転換をする。
それを未来に繋げる努力をするには、「実践」が必要になる。
「大自然の法則」の学びとは、執着の心を変え、自分自身の悪いところを預かっていただき、未来の運命を変えていくことではないか?
その実践の努力が、「魂磨き」になり、「魂磨き」することで、過去に「執着」を持つことが、愚かであったことにも気づかせていただける。
それが、「大自然の法則」の学びである。
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