2026年3月25日(水)「基本の心を知る?」

人生・幸せ

「基本の心を知る?」

 

あなたは昨日、「ご神示」を何回くらいしましたか?

いつもより回数が少なかったのではないですか?

また、仕事や家族との人間関係は上手く行きましたか?

気になること、上手くいかなかったこと等、何かありませんでしたか?

何か問題が起こりませんでしたか?

「知らせ」の意図(御意趣)は解けきれましたか?

言うまでもなく、そんな時は、絵姿が必要なのではないですか?

誰かに指摘されてから「ご神示をする」「絵姿を頂く

ようでは、心は向いていない、さらに自分自身のことを見つめていないのではないですか?

また、最悪なのは「自分が悪い

と思わない、「原因が自分だ」と反省がない姿勢ではないでしょうか?

そのような考えであれば「変わる(改善、前進)」ことは不可能のではないでしょうか?

誰もが、仕事で失敗する、家族でトラブルになる、また怪我をする、病気なる、子供が熱を出すなど、色々なことが起こる。

それは、他人が起こしたことでも、あなたの「心」が原因で、回りまわってあなたに関わってくるのです。

それは自分が投げるサイコロボール(感情)が原因で、結果として大自然からの「知らせ(合図)」を頂いているのです。

原理原則の「法の常住」「意趣の所産」「諸法無我」「諸行の必然性」にあたりますよね。

要するに、問題が起こった時の反省として、「知らせ」だ、自分の「心」がどうであったか?次に「心」をどのように使うのかを、責任持って自分で学び、努力してどこを改めていくか?が、「魂磨き(心磨き)」なのではないでしょうか?

「心

というのは、言葉遣い(声の出し方)、目の動き、表情、態度など形而下からも相手に伝わり、ご神示をしながら相手の状況を受け取り、自分が言葉を選び「喜」のサイコロボールを投げる形而上を実行して、形而上下の両立になっていくのである。

大自然は言う、形而上学とは、「形而下

の心の元、法の知識、常識が出来ていなければ、「形而上」だけでの、思いつき、ひらめきのご神示では足りないのである。

したがって、「諸法の原理原則」を何度も読み返さないといけないのである。

(基本の心を知ることである)

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