2026年8月24日(月)「心が満たされる」とは?

学び・実践

「心が満たされる」とは?

いつの間にか私たちは「何が楽しくて、何が喜びなのか?」の本質を忘れ、置き去りにして、生きていこうとしているのではないでしょうか?
また「何が大切なのか?」「何をしなくてはならないのか?」を知らない。
人間として大事にしていかなくてはならない「人の心」までも、「どのようすれば、大事に出来るか?」が分からない等で、「自由だから、何をしても善い」「自己責任だから」と、自分のことだけを考える我儘、自分勝手な人が多いのではないでしょうか?
また、自分の生活に負担がかからないように、また自分の仕事が上手くいくことだけを考える等、相手が迷惑している、自分が困らせていることには見向きもしないのではないでしょうか?
その例が、親を早々に施設に入れる。気に入らなかったら離婚する、再婚し、また離婚するなど。犬猫に劣る生き方ではないだろうか?
もしそんなことは「酷い!」と思った『あなた?』、何かしらそのようなことを、今の私たちは、やって来ているのです。
誰かに言われたり、何かで行き詰らないと分からない。
それでも「皆やって居ることではないの?」と、自分の間違いに気付かない。
形而上的に見たら、「魂を汚し続けている状態」なのです。
そんな人間に成り下がってはいないでしょうか?
では本来、何を求める、生きるのが人間なのでしょうか?
今の時代、民主主義が行われ?科学文明が発達しAIが日常化して便利になる?ヒューマニズムにあふれ?正義がまかり通って、高度化した社会だ?と思っている。
本当にそうであろうか?また、それが高度と言えるのであろうか?
人間として、それぞれ自分の足元が見えていない。社会に流されている。
では、人間は一生をどう生きて行くべきか?
やはり、心穏やかに、温もりを感じ、笑みがこぼれるような家族関係を築くこと、それが人間の求める「こと」ではないでしょうか?
これは、地球歴史の何億年もの間、人間の生活の中で続いてきた「こと」。
しかし、そのような「暮らし」を目指し、実践する人たちがいなくなっているのではないでしょうか?
大自然は言う、何度も言うが「人間は心の温もりに触れることを求めて生きていくことが、本来の姿ではないだろうか?」
それこそが、「心が満たされる」ことではないだろうか?
これからは「心の社会」「心の時代」に入って行こうとしている

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