「罪は償えるが、消すことは出来ない」
人は誰もが、家族、他人に迷惑をかけたり、心を傷つけたり、間違った行いをしたことがあるのではないですか?
そのことを、繰り返してはいけない「失敗だった」と思っていますか?
また、間違っていた物の見方、考え方を持っていた事を反省しましたか?二度とすまいと、今でも覚えていますか?
そしてその間違っていた、同じ振る舞いや発言を二度としないように努力をしていますか?
また、自分の過ちを心に刻み、何時も注意していますか?
なぜなら、「喉元を過ぎれば、熱さを忘れる」と諺があるように、人はまた、同じ過ちを繰り返してしまうことが多いからです。
それは自分が持つ癖(業)かもしれない。(「無始の重障」:回向文)
「させられた」ことではあるのですが、「させられない」ように、心から改める、歯止めをしていく努力が必要です。
それに気が付かせて頂ける、同じ過ちを繰り返さないために、業を預かっていただくために「大自然の法則」があり、日々、繰り返し、学ばさせて頂くのではないでしょうか?
大自然は言う、病気や何か物事が上手くいかない、人とのトラブル、物に足を引っかかる、頭をぶつけるなど、自分自身の周りに起こる全ての出来事が、「自分に何かがある(知らせ、合図)」と考え、観応させて頂き、解いて行かなくてならないのである。
起こる事象、現象は、自分が使った心によって起こさせられている。
また、それを解決できるのは、自分以外、誰もいないのである。
その「知らせ」の解決の方法をご存知なのが「大自然」なのである。
それ故に「ご神示」でお伺いし、力・智慧を頂き、そこから実践させて頂き「善」に向かわせて頂くのである。
しかし、自分の歩いてきた過去(罪障)が消えることはないのである。
要するに、罪は消えない、罪は償うことしか出来ないのである。
償うには何をするのか?何をしたら善いのか?分からない。(懴悔の法)
反省する気持ちがあるのなら、各自、業の度合いが違うから、大自然に観応し、教えて頂き、繰り返し、少しづつ改悪、進善を行っていくのである。
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