「生きる場所を探していますか?」
あなたは、職場で、学校で、趣味のサークル等で「友達になりたいなぁ?」「仲良くなりたいなぁ?」「あの人(憧れ)と仲良く話したいなぁ?
など、思ったことはありませんか?
人はどのような場所に行っても、必ず人(他人)と接する機会が出来てくる。
人に接するには、まず自分から他人(相手)に近づき、自分から先に声をかけなくてはない(挨拶など)。
やはり、自分から声を掛けて相手の心に入っていかないと、繫がりが何も始まらない。
また、他人と繋がる、他人に必要とされるから、その場が「自分の居る場所
になって行く。
「大自然」は言う、「他人から好かれる、嫌がられていても、まず他人に『思われる』ことが必要とされることである。それが、法則の2対6対2になる」と。
いろいろな人の集まりの中で、生きる、生きられるように努力をする。
他人から嫌われる場所が良いのか?他人から好かれる場所が良いのか?
嫌われても、好かれてもどちらでもよい場所に居るのか?
その場所を、選択するのはあなたです。
しかし、今、選択することさえしない、考えられない者ばかりである。
他人から「思われる」ことすらない人間である。
人は、ただ生きているだけでは、やがて生きていけなくなる。
「大自然
は言う、自分が「生きる場所」を作るから生きていけると。
仕事(役目)は、自ら求めてつくり、するもの。
他人から言われて、指示されてするようでは、役に立とは言えない。
人は、生きる場所を作るために、周囲を見て、何すべきか?何が必要か?自分に何ができるのか?の判断をする。
「生きる場所」とは、その場で必要とされる、意味のある存在であること。
都合の良い、便利な人間ではない、無くてはならない存在となる。
そして、大自然から「生かされる価値(生き甲斐)」のある人間であること。
自分がいる場所がなくなった時、また必要とされなくなった時、この世から去っていくこになる。(それが死を迎える時)
自己の「住位」と「分」を知れば、常に「生きる場所」をつくることが可能である。
それは「形而上学」にある。

コメント